今知りたい「合理的配慮」とは? 車椅子ユーザーの猪狩ともかとインクルージョン研究者野口晃菜と語り合うバリアのない未来
2024年4月1日から、民間事業者による障がいのある人への「合理的配慮」の提供の義務化が開始される。まだ耳馴染みのない「合理的配慮」とは、一体何だろう。そして、どんなことが義務化されるのか。アイドルグループ仮面女子のメンバーであり、車椅子ユーザーとして発信を続けている猪狩ともかさんと、インクルーシブ教育や雇用について研究している野口晃菜さんに、教えてもらった。さらに、「これは障がいのある人だけでなく、どんな人にも関係のある話」という言葉の真意とは? 【写真】車椅子ユーザーの猪狩ともかさん 猪狩ともかさん いがり ともか●埼玉県出身。2014年より芸能活動スタート。2017年アイドルグループ「仮面女子」に加入し、活動していた2018年、強風で倒れてきた看板の下敷きになり、下半身不随に。車椅子に乗りながらアイドルとして復帰を果たし、東京2020パラリンピックでは、東京都より「パラ応援大使」に任命。『パラスポーツの振興とバリアフリー推進に向けた懇談会』メンバー。書籍『100%の前向き思考――生きていたら何だってできる! 一歩ずつ前に進むための55の言葉』(東洋経済新報社)やYouTubeチャンネル『いがともちゃんねる(@igari_tomoka)』でも発信している。 野口晃菜さん のぐち あきな●博士(障害科学)/一般社団法人UNIVA理事。小6でアメリカへ渡り、障害児教育に関心を持つ。その後、筑波大学にて多様な子どもがともに学ぶインクルーシブ教育について研究。小学校講師を経て、株式会社LITALICO研究所長として、学校・少年院等との共同研究や連携などに取り組み、その後一般社団法人UNIVAの立ち上げに参画、理事に就任。インクルージョン実現のために研究と実践と政策を結ぶのがライフワーク。共著に『差別のない社会をつくるインクルーシブ教育 誰のことばにも同じだけ価値がある』(学事出版)などがある。
民間事業者へ義務化される「合理的配慮」の提供とは?
――2024年4月1日に民間事業者による障がいのある人への「合理的配慮」の提供が義務化されますが、これはどういったものでしょうか? 野口晃菜(以下、野) 少しさかのぼって、2014年に日本は「障害者権利条約」という国際的な条約を批准しました。この条約は、障がいのある人の権利や基本的自由の享有を確保し、そのための制度を整えていくというものです。それに基づき、2016年に「障害者差別解消法」という法律を施行しました。この法律には、ふたつの役割があり、ひとつが、障がいのある人に対して不当な差別的取り扱いの禁止。もうひとつが、「合理的配慮」の提供を義務付けするというものです。このとき、行政機関や学校などの公的な施設は「合理的配慮」が義務化されました。「合理的配慮」は、「障害の社会モデル」という考え方がベースにあります。そもそも障がいのある人が、社会で困難さを感じる要因は、今の社会が障がいのない人を中心に設計されているからなんですね。それによって生じる社会的な障壁(バリア)を、障がいのある人が取り除いてほしいと意思表明したときに、社会の側がバリアを取り除かなければならない。それが「合理的配慮」の提供です。「配慮」という言葉から、「してあげるもの」、「してもらうもの」とイメージしやすいですが、合理的配慮は英語で「Reasonable Accommodation」と言って、「配慮」というよりは「調整」という意味合いの方が大きいです。ポイントは、対話を通して調整をしていくことです。 ――具体的な例でいうと? 野 例えば、車椅子ユーザーの方が、街のレストランに入ろうとしたとき、入り口には段差がある場面があったとします。車椅子ユーザーが、店に対して「入店したいので、車椅子を押してほしい」という意思表明をしたときに、レストラン側が「合理的配慮」として提供できること、できないことを伝え、対話(=建設的対話)を通してともに解決策を検討し、レストラン側が可能な範囲で対応するということ。店側が理由も伝えずに初めから「無理です」と断るのではなくて、過重な負担のない範囲で最大限バリアを取り除きましょう、ということなんですね。学校や行政機関は2016年から法的に義務化されましたが、2024年4月1日以降は、レストランやカフェ、街のさまざまな店舗、映画館やコンサート会場など、あらゆる民間事業者にも、「合理的配慮」の提供が義務化されます。 ――車椅子ユーザーである猪狩さんは、これまで「合理的配慮」の提供を求めた場面はありましたか? 猪狩(以下、猪) 最近、ひとり暮らしをするために、物件探しをしていたんです。ひとつ気に入った物件があって、エントランスの段差を解消できれば、ぜひ入居したいと思っていたんです。それで管理会社に連絡して、エントランスに簡易的なスロープを設置してほしいとお願いしたら、共用部分なので個人のものを置くのは難しいと断られてしまって。道路にはみ出すほど大きなものでもないし、他の住民の邪魔になるものでもないのに、とは思ったんですが、そこで諦めたということがありました。私はあまり強く言えるタイプではないので、これまでは飲食店に入りたくても、段差がある場合は、諦めてその店は選択肢から外していました。店側の事情も理解できるし、あまり強く言えないなと。 今回、「合理的配慮」の提供が義務化されることで、障がい当事者の選択肢が広がるんじゃないかと期待する部分もあります。ただ、当事者側も、強く主張できる人ばかりではないんですよ。どうしてもこちらがお願いする側になってしまうので、対等な立場で対話できるだろうかという不安があります。 猪 先日、車椅子ユーザーの知人が、映画館を利用したときに、これまで劇場スタッフにサポートしてもらって階段を数段上がった席で鑑賞していたのが、今後は、劇場スタッフはサポートできない、この劇場を利用しないほうがお互いのためではないかと利用を断られたそうです。これについて、ネットでは、4月1日の「合理的配慮」の義務化を前に、「障がい者が排除されたのではないか」という意見や、「従業員は介護スタッフではないから危険だ」など、大きな議論に発展しました。映画館側からしたら、怪我をさせてしまったり事故が起きたりしたら責任が取れないと思ったのでしょうね。これまで厚意で手伝っていたことを、これからも続けていくのか考えたときに、このタイミングで断ったのかもしれません。 野 このケースの問題は、映画館側が対話をせずに障がいを理由に劇場の利用を断ったこと。対話を通して解決策を見出すという「建設的対話」をしていないことです。話し合いをせずに「利用しない方がお互いのため」と一方的に利用を断るのは、障がいを理由にした差別になります(※)。以前は提供していた「合理的配慮」が難しくなったのであれば、その理由を伝えて、提供できる「合理的配慮」をともに探る必要があります。このケースは、発信者がネット上で批判されていましたが、その状況も変えなくてはいけません。そもそも、車椅子ユーザーが映画館を使うときにどんな障壁があるのか?ということを、今回初めて知った人も多いのではないでしょうか。当事者からの声があって、ようやく非障がい者はそこに障壁があることがわかるにも関わらず、「差別をされた」と声を上げた当事者が誹謗中傷されるのはおかしいですよね。 (※)障がいを理由に劇場の利用を断るのは差別となり、2016年に施行された「障害者差別解消法」で禁止されている。なお本件について映画館側は、来館客に対して従業員が不適切な発言をしたとして謝罪文を発表している。 ――今回の義務化では、「事業者側の過重な負担のない範囲内で配慮する」ことが前提となっていますが、その範囲とは? 野 例えば、食事介助やトイレ介助を求めたとしても、人手も足りないし、専門的な知識がないなど、難しい状況もあると思います。ただ、これはその人にとって何がバリアになっているのか、その事業者にとって対応できること、できないことも異なるので、法的にも、ここまでやりなさいと明確に規定しているわけではないんですね。経済産業省から「過重な負担の基本的な考え方」がいくつか出ているので参考にしていただけたらと思いますが、基本は対話をして、お互いに調整をしていくことが必要です。 すでに「合理的配慮」の提供が義務化されている学校の例なのですが、読み書きが難しい読字障がい(ディスレクシア)の生徒から、ノートの代わりにパソコンを使用したいという意思表明がありました。でも、学校側が翌日すぐにパソコンを用意することは、予算や手続きなど諸々の事情で難しい。だからといって、学校がパソコンを用意するまではなにもできないのか?というと、黒板の板書を写真に撮って渡したり、他にも考えられることがいろいろあるわけです。だから、お互いに対話して合意形成をしていく。重要なことは、その生徒が学ぶ上でのバリアを取り除くことです。