映画「本心」主演・池松壮亮さんインタビュー AIで亡き母と再会する近未来「誰もが自分ごと」
平野啓一郎さんの長編小説『本心』(文藝春秋)が映画化され、11月8日から公開されます。人工知能(AI)の技術が発達し、現実と仮想空間の境界があいまいな時代の人の心、格差や差別など様々な問題を描いた本作で、亡くなった母親の「本心」を確かめようとヴァーチャル・フィギュア(VF)を作った主人公・朔也役の池松壮亮さんにお話を聞きました。 【写真】池松壮亮さんインタビューカットと「本心」場面写真はこちら
あらすじ
「リアル・アバター」という代行業で糊口を凌ぐ青年・石川朔也(池松壮亮)は、事故で亡くした母親(田中裕子)の「VF」の作製を依頼する。本物そっくりに再現されたAIの「母」との新しい生活を通じ、彼は、幸福だったはずの日々に「自由死」を願い続けた母の「本心」を知ろうとするが……。
「これは自分の話だ」
――以前「季節のない街」のインタビュー で、「最近読んだ『本心』はびっくりするぐらい面白かった」と話していましたね。そもそも、原作との出会いはどんなきっかけだったのですか。 『本心』との出会いは、忘れもしない2020年の夏でした。コロナ禍の真っただ中で、僕はその頃、映画の撮影で上海に滞在していました。もともと平野(啓一郎)さんの作品が好きで、2週間の隔離期間中に「今どういう作品を書かれているのかな」と調べていたところ、『本心』を見つけました。あらすじを読んで、あまりにも引きつけられるものがありました。まだ刊行前だったんですが、新聞連載がウェブで全て読むことができました。 『本心』にはコロナは描かれていませんが、アフターコロナが書かれていると感じました。読み進めていくうちに、いま自分が抱える言葉にならない不安、格差や貧困、自然災害、テクノロジーの進化やAI、家族についてなど、現代のあらゆる問題が肥大化した少し先の未来が描かれていて、とても強いインパクトを受けました。あまりにもリアルで面白かったんです。あの頃はコロナによってこれまでのあらゆる常識が崩れ、世の中が止まり、映画製作も止まり、真っ暗闇の中でした。これまで信じてきた映画というものが崩れていくような感覚がありました。これからどんな映画や物語を世の中に提示すべきなのか、全く分かりませんでした。そうした中で今作に出会った時、ああ、これだと感じました。 ――原作を読んで「これは自分の話だ」と感じたそうですね。 「コロナ」によって世界共通言語が生まれたと思っています。あらゆる問題がグローバル化し、そのことが可視化されるようになりました。『本心』には自分たちがこれから経験すること、あるいは次の代が経験することが描かれていると思いました。自分の話であると同時に、同時代を生きる私たちの物語であり、「自分ごと」として世界中の人と共有できる物語になると感じました。 ――朔也を演じるにあたって、どう気持ちを作っていきましたか? 近未来の話ですが、そこに時間という距離がありながらも、朔也の気持ちが嫌というほど理解できました。「これは自分の話だ」と思えたのはそのことによる作用が大きかったと思います。彼の不安や未来で置いてきぼりになっている気持ちが手に取るように分かりましたし、そこで迷子になっている感覚が自然と入ってきました。この感覚をどう具現化していくかを考えていました。 そしてこの映画を観る上で同じように観客の皆さんに思ってもらう必要があると思いました。いつどこで誰が見ても朔也のエモーションでこの物語を導けるような、感情のシンパシーで観客を引っ張っていけることを目指したいと思っていました。VFとの対面はまだ自分たちが経験していないことですが、そのシチュエーションにおいて、朔也の感情としてシンプルに体感していることに重きを置いていました。朔也のピュアな感情が残像として残ることで、この映画を余韻のある、シンパシーを感じる映画にしたいと思っていました。 ――原作と映画の設定が違う点の一つに、朔也が感情的になると暴力を振るうというシーンがありました。他人が傷つけられている場に出くわすと、カッとなって怒りを抑えられなくなってしまうのは、朔也の優しすぎるが故の性質なのかなと感じました。 朔也に暴力性を持たせることについて、石井(裕也)さんと何度かやりとりがありました。僕は当初反対していたのですが、石井さんとしては、朔也の胸の奥底に秘めた激情を押し殺して中産階級的な若者の個人的な苦労のような物語にしたくないと。没落や破滅と常に紙一重のところにいて、その不安定な対場で葛藤している、無関心を装って自分だけの正しさの中で生きる若者ではなく、生きることを勝ち取ることをあきらめないことを、朔也の肉体で主張することを暴力を潜ませることで表現したいと。その上で、やってしまったことに対してどう対応していくかが人間なんだ、ということを未来の世界でやってみたいということであの設定が追加されました。