お手頃ランチに忍び寄る「インフレ」 一杯の豚バラ丼から見えた日本経済の苦境
「時短要請がようやく終わり、これからという時なのに……」。コロナ禍で満足に営業できなかった昨年、西嶋さんが抱えた赤字は6000万円。国内外に10店舗構えていた店も7店は閉店、1店はフランチャイズ化して売り渡し、直営2店舗にまで減らした。背水の陣で臨むこの冬、残された選択肢はメニューの値上げしかない。しかしそこにも、大きなハードルがあるという。
「1000円」という大きな壁
11月2日。午前11時の開店から午後3時の閉店まで、4時間のランチ営業に密着した。晴れた平日のランチタイムにもかかわらず、正午を過ぎても空席が目立つ。コロナ以前は連日60~70人ほどが訪れ、行列ができることもあったというが、この日の客は、わずか24人。
「良い日と悪い日の波が激しい。緊急事態宣言が解除されて1カ月経つが、客足が戻ってきている実感はあまりありません」。最近は人出が増え、売り上げは少しずつ回復しつつあるものの、依然として西嶋さんの表情は厳しい。 客単価の低さも悩みの種だ。この日訪れた24人のうち、実に20人もの客が1000円以下のメニューを注文した。さまざまなトッピングをのせたうどんや天丼など、1000円超のメニューも豊富だが、ほとんど出ない。客が選ぶのは951円(税込み)の豚バラ丼セットや豚バラ丼単品、そして安いうどんばかりだ。 西嶋さんによると、飲食業界では「ランチ1000円は大きな壁」とされ、人気メニューでもそこを超えると売り上げが大きく落ちるという説がある。南藤沢店では、豚バラ丼セットは17年前のオープン時830円で、過去に何回か価格改定はあったが、「ランチ1000円未満」だけは守り続けてきた。「正直、1000円以上に値上げするのは怖い。客足がさらに遠のいてしまうのではないか……」。デフレが染みつき安さを求める消費者と、コロナ禍で加速するインフレの板挟みに、多くの中小飲食店が苦悩している。
「まさにスタグフレーション」
原価コストが上がり続ける一方で、利益は増えていない。西嶋さんが経営する2店舗は、コロナ前は合計で月1500万円ほどの売り上げがあったが、現在は7割程度。時短協力金がその減少分を埋めていたが、時短要請の終了に伴う支給打ち切りで再び赤字転落の危機に瀕している。 負のループは、雇用にも悪影響を及ぼしている。以前は12人の社員を雇っていたが、コロナ禍での店舗縮小や売り上げ減少などの影響で、泣く泣く11人に退職してもらった。唯一残った男性社員の給料は何とか維持できているものの、ボーナスは出せていない。「32歳の若い店長で、2人目の子どもが生まれたばかり。何とか少しでも給料を上げてやりたいが……」。そんな思いで西嶋さんは、自らの役員給与をカット。通帳を見せてもらうと、先月の手取りはわずか31万5362円。全盛期から約100万円も下がったという。