災害で身元特定の決め手 知られざる「歯」の重要性と、急がれるデータベース化 #知り続ける
カルテ記載の統一化は実現
課題の多いデータベース化だが、昨年3月にある画期的な動きがあった。それは「カルテ記載の統一化」だ。 カルテには患者の歯の状態や治療痕を細かく記すが、歯科医師によって書き方はバラバラで、カルテの様式も違う。東日本大震災では歯科医院の紙のカルテと、安置所の記録の書き方が違うケースが多く、照合は困難を極めた。 このため、日本歯科医師会は電子カルテに記載する膨大な数の用語を統一し、マニュアルにまとめた。今後、全国で同じ記載方法になる。 柳川氏とともに電子カルテのデータベース化に向けた協議をしている東北大学の青木孝文副学長(情報科学)は、大きな進展だったと話す。 「長年難しかった電子カルテの標準規格ができました。これをもとにデータベース化されれば検索もスムーズになり、災害時のデンタルチャートとの照合も速やかに行えるでしょう。データベース化の礎ができたと思います」
先行してデータベース化している地域も
データベース化を先駆けて実践している地域もある。岡山県歯科医師会では2015年から患者に使途を説明し、同意を得た人の電子カルテを同会で保管している。これまでに約2万人が登録し、維持管理費は同会で負担している。西岡宏樹会長は「重要性をご理解いただいています。最近は新型コロナの影響でイベントができていませんが、今後も啓発をしていきたい」と語った。
大分県臼杵市では、地域医療連携ネットワーク(うすき石仏ねっと)で医科・歯科・介護の情報を共有し、データも蓄積している。 また一部の外国では国民の歯科データベースを構築し、大規模災害で成果を上げたところもある。2004年に発生したスマトラ島沖地震では、バカンス中だった多数のフィンランド人が津波で命を落とした。国はすぐに専門家チームを派遣し、遺体のデンタルチャートと母国にある歯科データベースを照合。犠牲者165名のうち約70%の身元を歯科情報から特定した。
法律にも「データベース化」が明記
あまり知られていないが、日本では「身元確認に係るデータベースの整備」が法律で定められている。2020年4月に施行された「死因究明等推進基本法」だ。16条に「身元確認のための死体の科学調査が大災害時も平時も極めて重要」として、データベースの整備に必要な施策を講じるべきとされている。 南海トラフ地震は30年以内に約80%の確率で発生すると言われ、津波や建物の倒壊・火災などで、最悪の場合、全国で23万人が死亡すると想定されている。首都直下型地震のおそれもある。最優先すべきは命を守る防災だが、万が一のための歯科情報のデータベース化についても、それぞれが真剣に考えるべき時なのかもしれない。
※参考文献 論文「日本の災害時において歯科身元判明率が向上しない要因に関する検討」 ------ 柳原三佳(やなぎはら・みか) 1963年、京都市生まれ。ジャーナリスト・ノンフィクション作家。交通事故や死因究明問題等を取材し各誌に執筆。著書に『泥だらけのカルテ 家族のもとに遺体を帰し続ける歯科医が見たものは?』(講談社)、『家族のもとへ、あなたを帰す』(WAVE出版)、『自動車保険の落とし穴』(朝日新書)、歴史小説『開成を作った男、佐野鼎』(講談社)、『私は虐待していない 検証・揺さぶられっ子症候群』(講談社)など。柳原三佳オフィシャルサイト (mika-y.com)