追うのは日英同盟時代の「栄光」か? イギリスが東アジアの緊張に足を踏み込む理由
イギリスの航空母艦クイーン・エリザベスを中心に編成された部隊が、先月下旬、ポーツマス港を出港しました。約7カ月間にわたり、インド・太平洋地域などに派遣され、日本の自衛隊とも共同訓練を行う予定です。海洋進出を強める中国を牽制する狙いがあるとみられています。 建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は、イギリスのこのような動きについて「英国が、もう一度東洋の海に存在感を示そうとしている」といいます。それはどのような理由からなのでしょうか? 若山氏が独自の文化力学的な視点から論じます。
かつての列強が東アジアに集結
ヨーロッパをうろついていた若いころ、イギリスのブライトンという街で、英国はなぜ凋落したのかという主旨の、BBCテレビの特別番組を見た。画面では、大英帝国の誇る戦艦プリンス・オブ・ウエールズと巡洋戦艦レパルスが大炎上して撃沈され、空には日本の軍機が飛び交っている。当時の日本ではまったく見られなかったマレー沖海戦の実写フィルムであった。(拙著『建築へ向かう旅―積み上げる文化と組み立てる文化』冬樹社・参照) シンガポール陥落のあと「マレーの虎」と呼ばれた山下奉文司令官(当時は中将)が威風堂々「イエスかノーか」と降伏を迫るシーンには、日本人として誇らしさを感じたほどだ。チャーチルはこれを「英国史上最悪の敗戦」と評した。それ以来、東アジア海域での海軍力を失っていた英国が、もう一度東洋の海に存在感を示そうとしている。しかも今回は日本と同じ側に立つようだ。 イギリス海軍力の復活を象徴するともいわれる航空母艦クイーン・エリザベスが、原子力潜水艦や駆逐艦などを含む空母打撃群として、東アジアへと向かっているのである。日米豪印のクアッドと協力して中国を牽制するためだという。すでにフランス海軍は日米とともに共同訓練を行っていて、やがてドイツも艦船を送るという。 中国の軍事的拡張に対して、同盟国である日米が共同して当たるのは当然として、そこにオーストラリアとインドを加えてクアッドとするのも中国との紛争のタネを抱える近隣国として理解できる。しかしこの海域にヨーロッパの強国がこぞって集結するというのは、やや意外な印象だ。 クアッドを拡張するなら、韓国や東南アジア(アセアン諸国)というのが普通の考えだが、地球の反対側からはるばる、かつて列強と呼ばれたヨーロッパの強国が続々と集まってくるのはどういう理由からだろう。しかもそのヨーロッパ諸国は、少し前まで中国の経済力の強さになびいていたのである。 東アジアにヨーロッパ海軍が集結する理由について、僕の知る限りでは軍事専門家もまだあまりはっきりした解釈を示していないように感じる。ここでは、歴史的文化的視野を広げての俯瞰的な解釈を行ってみたい。順を追って論じる。