「母親になったことを後悔する」。ある女性が告白した、墓場まで持っていきたい秘密とは
----そのような気持ちが芽生えるのは子どものせいではなく、「親であること」にまつわるすべてが原因だとおっしゃっています。
はい。インタビューに答えてくれた女性たちの多くは、母親になったことが自分の人生にどのような影響を与えたかを考えているのであって、子ども自体を問題にしているわけではないのです。母親になりたいと思ってから実際に出産するまで、期待と現実の間に大きなギャップが生じることがあります。 時には死別、破産、病気など、大変でつらい出来事が入り交じり、影響することもあります。同様に、夫婦の関係も変化していきますし、離婚や別れの後に、女性が1人で子どもを育てることもあります。 とはいえ、複雑な状況は必ずしも後悔を意味するものではありません。私がインタビューした人の中には、「すべて」持っているにもかかわらず、母親であることを後悔している女性たちがいました。
----避妊の方法が合法化されている国は多く、母親になるかならないかは選択できるようになっていますよね。そんな時代なのに、母親になった後で後悔するということについて、どうお考えでしょうか。
「選択」という言葉には、明確な決断という意味が含まれています。しかし、現実はそうではありません。私が話を聞いた女性たちは皆、必ずしも母親になりたいと強く望んでいたわけではないのです。社会的にそうせざるを得なかったり、パートナーや家族からのプレッシャーに負けた女性たちもいました。母親になるのを嫌がる女性たちが、自分勝手で頭がおかしい「偽物の女性」として扱われている限り、はっきり理解して同意した上で決断することができないのです。
----なぜ後悔する母親たちは、それほどまでに嫌われなければならないのでしょうか。どうしてタブーとなってしまったのでしょうか。
私たちが生きている社会では、母になることは自然界の法則で定められたものだとされています。産むために女性が存在しているのだ、と。女性たちが生物学的に同じ器官をもっているというだけで、同じ夢、同じ欲求、同じ能力を持っていると決めつけられてしまっています。子供を産むことは、決められた筋書きどおり、社会にとって都合のいいハッピーエンド。だから、女性たちは究極のタブーを破って後悔を口に出し、語られてきた神話を壊そうとするのです。母性とは、絶対に崩れない聖域などではなく、単に個人的な関係の1つなのであって、女性1人1人がそれぞれのやり方で経験していくもの。母親になって、喜びや愛情を感じることもあれば、憎しみや嫉妬、後悔を感じることもあり得るのです。