わいせつか芸術か。アメリカで急増するアート検閲から表現の自由を擁護するNPOの活動を追う
検閲は右派からも左派からも起こり得る
20年以上にわたり活動しているNCACは、文化領域における表現の自由の擁護を目的としたアメリカで唯一の団体だ。1990年代の「文化戦争」(価値観やイデオロギーの違いによる対立)の時代には同様の団体がいくつも誕生したが、その最後の団体が解散した後の2000年に、NCACはアート&カルチャー・アドボカシー・プログラム(ACAP)を設立している。 同プログラムの創設者でディレクターのスヴェトラーナ・ミンチェワによると、アドボカシー・プログラムは、「休眠状態にあった」全米表現の自由運動(NCFE: National Campaign for Freedom of Expression)の後を引き継ぐ形で立ち上げられたという。当時のことをミンチェワはこう振り返る。 「彼らからメーリングリストなど業務に関するあれこれを渡されました。それでNCACが芸術分野のアドボカシー(権利保護)の仕事を引き継いだのです」 アート&カルチャー・アドボカシー・プログラムでは、検閲を第一のターゲットにしている。アメリカでは法律上、連邦または州当局が作品の内容を問題視してそれを排除することを「検閲」と定義している。一方、NCACでは「検閲」をもっと広く捉えているとミンチェワは言う。イバラの作品を排除したサンアントニオ市の展示施設は州の予算で運営されているので、問題があることははっきりしている。しかし、アメリカのほとんどの美術館やギャラリーは民間の施設で、法的には経営母体が企画の内容に対する決定権を持つ。 「それが自分たちの意向である場合、多くの人は検閲だと見なさず、正しいことだと考えます」とミンチェワは説明する。アメリカでは、検閲は「中国やロシアなどで起こっている邪悪な行為」というイメージで語られがちだ。しかし、アメリカでも右派による書籍や中絶、批判的人種理論禁止の声があり、他方では左派によるいわゆる「キャンセルカルチャー」がある。その結果として、アート作品が公の場から排除されることが度々起こる。 今、格好の標的となっているのは、リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)やイスラエルとパレスチナの紛争を扱ったアート作品だ。昨年3月、アイダホ州のルイス=クラーク州立大学は、「No Public Funds for Abortion Act(人工中絶への公的資金援助禁止令)」に違反するとして、カトリーナ・マイクト、ミシェル・ハートニー、リディア・ノーブルズの作品を同校で開かれていた展覧会から撤去した。2021年に施行されたこの法令は、人工妊娠中絶や中絶を支持する言論に公的資金が使われることを禁じている。 そして今年3月には、マイアミ現代美術館で開催されていたチャールズ・ゲインズの個展で、パレスチナ系アメリカ人の思想家であるエドワード・サイードの肖像画が、ゲインズへの通知や彼の同意もなく、同美術館が毎年開催している個人寄付者向けイベントの期間、一時的に撤去された。こうした事例をふまえ、検閲の問題に20年以上取り組んできたミンチェワは、文化への検閲に起きている変化をこう指摘する。 「以前の検閲は保守派や宗教右派からのもので、90年代初頭から左派が問題提起していた差別やヘイトスピーチについての議論を抑圧しようとしていました。しかし今では、圧力をかけようとしているのは彼らだけではありません。最近は、特定のアート作品を見て傷つけられたと感じるマイノリティの人々によるものが増えています」