「ドラッグと貧困の“罠”の中で…」HIPHOPの“トラップ”、意外に知らない歴史をSGDが解説!
上記で述べたように、TR-808がかなり売れたアトランタは、黒人のコミュニティだけでなく、ドラッグがはびこる危険な地域が多いことでも知られています。もう少し遡ると、アメリカの奴隷制度からの影響で、逃げ切れなかった黒人たちを先祖に持つ家庭が多く、そのため貧しい黒人コミュニティが多く存在しています。 そんな貧しい地域で生きていくため、そして状況から抜け出すためにはドラッグの売人になる選択が手っ取り早かったのです。ただ、売人になっても逮捕されるか商売敵に殺害されるかの末路が多く、「売人になる→刑務所に入る→出所後にまともな職に付けず再び売人になる→また逮捕される」の連鎖が続く人が続出。いつの間にかそういう連鎖が続く地域のことをスラングで「トラップ」というようになりました。 トラップは直訳すると「罠」という意味なので、「ドラッグや貧困から抜け出せない罠のような地域と生活」という意味や、ドラッグの売買、またはドラッグを接種する行為などを「トラップ」と呼ぶようになったのです。
ちなみに廃墟になってしまった家も多く、ジャンキーが集まってドラッグをやる家のことを「トラップハウス」と呼んでましたし、そんな廃墟が多数存在すると想像しただけでどれだけ過酷かイメージができるかと思います。 トラップというサブジャンルは本来、ドラッグが蔓延る貧困の街という「罠」の中で生き抜くことを歌う、アトランタのアーティストが生み出したジャンルなのです。 当初はその地域に住んだこともなければ、そんな経験をしたことがないラッパーがトラップを使うのはリアルじゃなく、ダサいとされていました。現在ではどうなのか? もう少し歴史を見てきましょう。
90年代に音楽としてリリースされはじめた
トラップの原型となる曲を始めて作ったアーティストについては諸説ありますが、90年代前半にDJ Toompが生んだ説が濃厚です。 歌詞として曲の中に登場し始めたのも90年代です。 グッディー・モブ(Goodie Mob)やアウトキャスト(OutKast)などのアトランタを代表するアーティストたちが使っていて、上記で述べた通りアトランタで生きる過酷さを歌った曲もリリースしている事実があります。しかしそのときはまだ「トラップ」というサブジャンルとしては認識されていませんでした。 世にトラップとして認識させる事に大きく貢献したラッパーの中でも最も有名なのが、T.I. 、グッチ・メイン(Gucci Mane)、そしてヤング・ジージー(Young Jeezy)です。 特にT.I.が「トラップのキング」として知られており、2001年にリリースしたシングル「Dope Boyz」でトラップの特徴的なビートの上にドラッグの売人としての生き様を色濃く歌った曲として爆発的な人気を獲得。2003年にリリースした「Trap Muzik」というアルバムで「Trap」という単語をタイトルを入れたことにより、トラップというHIPHOPのサブジャンルが生まれたとされています。 これを皮切りに上記でも記したグッチ・メインが2005年にリリースしたデビューアルバムの「Trap House」や、ヤング・ジージーが2005年にリリースした「Let’s Get it: Thug Motivation 101」などが爆発的に売れて人気を出しつつ、ほかのアトランタのラッパーたちも続いて一気にトラップというサブジャンルを確立していった歴史があります。 サブジャンルが出来上がった頃は「アトランタ出身、本当にドラッグの売人、その地域に住んでいる人がそのことを歌ってないとリアルさに欠ける」という意識が強く、「アトランタのもの」として認識されていました。 が、周りのメンフィスやテキサスなどの地域も含めて盛り上がっていた「Dirty South(ダーティー・サウス)」というサブジャンルも同時期に人気が出ていたため、トラップと混合して考えていた聴き手も多かったのです。 それゆえ徐々にアトランタ以外のアーティストもトラップ系のビートを使うようになり、「必ずしもアトランタ出身でなく、ドラッグやその地域に生きる過酷さを歌わなくても良いジャンル」に発展。 そんな中で、マイリー・サイラスなどといったポップアーティストや、ビヨンセなどのR&Bアーティストなどもトラップ系のビートを使うようになってさらに人気が高まり、現代では世界中でのHIPHOPの主流となっているのです。