中国サプライズ“短期ビザ免除”舞台裏…石破首相への期待と日中関係の行方
■“秘密交渉”とトップダウンの決断
その後の取材で、実は、私たちが端緒をつかんだ11月15日の前日から2日間にわたって、ビザ免除などをめぐって、北京で日本の外務省幹部と中国外務省幹部による秘密交渉が行われていたことが分かった。そして日本側のビザ免除再開の要求に対し、驚くことに、この時点でも中国外務省幹部は「日本も、訪日する中国人に対する条件緩和措置を講じなければ、免除は与えられない」と従来の主張をくり返し、“物別れ”に終わっていたというのだ。だからこそ、別の日中関係筋も、この1週間後の発表を聞いて「サプライズだった」と驚きを隠さなかった。 「嫌がらせ」を続けてきた中国が、なぜこのタイミングでカードを切ったのか。そして、日本政府にとって「寝耳に水」のサプライズ発表となったワケとは…? ある日中関係筋は「今回の決定は、中国外務省よりも上のレベルによる判断だったのだろう」と指摘する。ビザ政策を管轄する中国外務省は徹頭徹尾、「日本の譲歩が必要」と話し、日本人の短期ビザ免除を再開するには日本政府が中国人に対しても同様の措置をとるべきという「相互主義」を主張してきた。中国外務省だけではない。24年1月に社民党の福島瑞穂党首が訪中した際に、面会に応じた中国共産党ナンバー4の常務委員・王滬寧氏も、ビザ免除の条件として「日本側も相応の行動をしてほしい」と求めていた。 こうした中国側が貫いてきた原則を覆すことができるのは、習近平国家主席レベルでの決断があったとしか考えられないというのだ。トップダウンの決断を受けて、中国政府の観光を担当する部門は、即座に準備に動いたのに対し、はしごを外された形となった中国外務省はギリギリまで正式に日本側に伝えることはしなかったとみられる。
■石破首相への期待
“トップダウン”の決断が迫られた要因は、いくつか考えられる。まずは「低迷を続ける中国経済」だ。日本からの投資や観光客を誘致したい狙いが中国にはあった。また「トランプ政権発足を控えて、中国としては各国との関係改善を進めて、米中対立に備えよう」という思惑が働いたというものだ。 ただ中国国内で取材を進めると、別の“意外な”要因が浮かび上がった。ある日本政府関係者が、不思議そうに首をかしげた。 「中国側に石破首相個人への好意的な声が多いんですよ。中国政府や軍関係者の間でも『石破さんとは飲んだことがある』、『石破さんのことは好きだ』と人気なのです」 たしかに私自身も、日本で与党が過半数割れした24年10月の総選挙直後には、中国共産党関係者から「石破さんは大丈夫か? なんとか頑張ってほしい」と心配する声を聞いたし、中国の大学の研究者やシンクタンク関係者と話していても、石破首相への期待をひしひしと感じる場面が多々あった。24年8月、石破氏が首相就任前に総裁選への意欲を、あえて訪問中の台湾で示した過去など、見て見ぬふりをしているかのようだった。 では、なぜ中国国内で石破首相への期待が高いのか。まず、「高市早苗前経済安保相の存在」が挙げられる。高市氏は中国に対する厳しい姿勢を崩さず、首相就任した場合でも靖国神社参拝を明言している。中国側からすると、決選投票で高市氏と激しく争った総裁選の結果を見て「石破氏で良かった」とホッと胸をなで下ろしたのが本音だろう。 さらに、日本政府関係者は、次のように説明する。 「中国は、岸田前首相はアメリカにべったりの『対米一辺倒』と批判的に見ていたのに対し、日米地位協定の見直しを主張する石破首相はアメリカに対しても、モノを言う『自主独立外交』を進めるのではないかと期待している」 中国にとって“最大のライバル”であるアメリカに日本がどう向き合うかが、日本に対する姿勢を左右する大きなファクターだというのだ。こうした石破首相への高い期待が、習近平指導部の姿勢の軟化にもつながったと日本政府関係者は指摘する。