“お茶の間”楽しませた昭和生まれのクイズ番組
スリリングな展開で人気「クイズタイムショック」
「連想ゲーム」と同じく1969(昭和44)年にスタートした「クイズタイムショック」(テレビ朝日系)も名番組だ。1分間に12問のクイズを解き何問正解できるかを競う。時計の文字盤を模したセットを背景に高い位置に解答席が設けられ、成績が悪いと解答者を乗せたまま席が回転したり煙に包まれる。背景の文字盤は60個のランプが秒針の役割を果たし、刻一刻と時間が経過していくスリルが演出された。初代司会者の田宮二郎が1978年に死去した後は山口崇が引き継ぎ、1986年まで続いた。その後は1989(平成元)年10月に生島ヒロシの司会で翌90(平成2)年3月まで短期間復活、さらにその後2000年には鹿賀丈史を司会に迎え「タイムショック21」に生まれ変わったこともあった(2002年終了)。以後「タイムショック」「新タイムショック」「超タイムショック」「ザ・タイムショック」などと変遷し生き残る。近年は中山秀征、大下容子が司会を務めている。
昭和から令和、3つの時代またぐ「パネルクイズ アタック25」
児玉清司会で1975(昭和50)年に番組がスタートした「パネルクイズ アタック25」(テレビ朝日系)はクイズに解答しつつ25枚あるパネルをすべて自分の色にすることを目指すスタイルで、オセロゲームのような攻防戦も見どころだった。2015年からは谷原章介が3代目司会を務め、昭和・平成・令和と3つの時代をまたぐ歴史を刻んだ。3月開局のBSで復活するというから楽しみだ。
久米宏が全国に一躍ブレークした「ぴったしカン・カン」
1975(昭和50)年、久米宏が司会を務めた「ぴったしカン・カン」(TBS系)もスタート。こちらは1986(昭和61)年の終了まで人気を博した視聴者参加型のクイズ番組だ。コント55号(萩本欽一、坂上二郎)がチームキャプテンを務めた。正解の際に久米が発する「ぴったしカンカーン!」というコールが番組を盛り上げた。 開始時はTBSアナウンサーとして定評のある久米だったが、この番組の司会でブレークしたことが転機になった。その後「ザ・ベストテン」の司会も務め、79(昭和54)年にTBSを退社、「久米宏のTVスクランブル」(日本テレビ系)、そして「ニュースステーション」(テレビ朝日系)メインキャスターとのぼりつめていった。