「女性脳」「男性脳」という考え方が、じつはシンプルに「間違いである」といえるワケ
「女性脳」「男性脳」はなぜ間違っているか
実は、研究者の間でも、脳の構造や機能に性差があるかは、未だに議論が続いている重要な研究テーマです。性差があると主張する研究者もいれば、ないという研究者もいます。 しかし、性差があると主張する研究者であっても、女性と男性を二分する考え方、つまり、女性であれば女性脳を持つ、男性であれば男性脳を持つという極端な考えはあまり支持されていません(※8)。つまり、多くの似非科学で主張されている「女性脳」「男性脳」が間違っている可能性が高いのです。 この点は、ここまで行動や能力の性差で説明してきたことを考えると、それほど難しいことではありません。女性脳を持つという考えが正しければ、すべての女性は心的回転が苦手であり、言語能力は高く、攻撃性は低いということになります。そして、平均的に女性が大きいとされる脳領域の体積はすべて大きく、平均的に女性のほうが活動が強い領域の活動はすべて高いということになります。男性も同様です。 ところが、平均的には女性と男性に違いがあるとしても、個々人を見ると、心的回転が得意な女性もいれば、心的回転が苦手な男性もいます。脳の構造を見ても、一部の脳領域の体積が平均的に男性が大きいとしても、その領域の体積が小さい男性もいるでしょう。 つまり、男性であっても、「男性脳」を持つ人ばかりではないわけです。女性であっても平均的な傾向として「女性らしい」行動や脳の特徴をすべて示すわけではありません。 行動や能力、脳の構造・機能には一部性差があるのは事実だとしても、重要なのは、これらの性差と「女性脳」「男性脳」が存在するというのは全く別物だということです。この点は強調したいと思います。この後も子どもの行動や能力の性差を紹介していきますが、筆者が「女性脳」「男性脳」を支持しているわけではないということを明示しておきます。
モザイク脳
脳の性差をめぐる新しい考えとして、モザイク脳仮説というものがあります(※9)。これは、極端な「女性脳」「男性脳」を用いずに説明した、大変興味深い考えです。 そもそも、「女性脳」「男性脳」の基底には、性別を二項対立的にとらえる考えがあります。これは、生物の性を、完全に女性と男性、もしくは、メスとオスに分けてしまうものです。しかしながら、実際には、女性の中にも、男性の中にも、バリエーションがあります。ものすごくマッチョな感じの、いわゆる「男らしい」男性もいれば、そうではない男性もいます。女性も同様です。最近は性スペクトラムという考えが出てきており、メス(女性)からオス(男性)へと連続する性の表現型としてとらえるようになっています。 女性にも男性にもバリエーションがあるということを踏まえて、モザイク脳仮説を説明しましょう。たとえば、脳領域AとBの体積を、女性50名と男性50名を対象に測定して、脳領域Aは平均的に女性が大きく、脳領域Bは平均的に男性が大きいとします。次に、女性50名と男性50名の個々人のデータを見てみます。この場合、脳領域Aが大きく、脳領域Bが小さい人は、女性よりの女性であり、その逆が男性よりの男性ということになります。実際には、脳領域Aが小さく、脳領域Bが大きい女性や、脳領域Aが大きく、脳領域Bが小さい男性もいます。これを多数の脳領域を対象に分析してみると、ある女性は、女性よりの脳部位もあれば、男性よりの脳部位もあり、別の女性は女性よりの脳部位がほとんどかもしれません。 モザイク状であるとは、複数のものが混ざっているということですが、私たちの脳も、女性よりの部位と男性よりの部位がごちゃ混ぜであるということなのです。女性が、自分の中には「男性らしい」特徴(ここでは、心的回転の得意さなど)があると思われることもあるでしょう。この考え方は、直感にも合う部分があるため、新しい考えとして注目を集めています。 ただし、この仮説に異論がないかというと、必ずしもそうではないことも記しておきたいと思います。分析の方法やデータの解釈、脳領域の関係を十分に扱えていないことなどから、論争を引き起こしています。 脳の性差については、まだまだわからないことが多く、これから進展していく研究領域ということになるでしょう。ただ、極端な形での「女性脳」「男性脳」というものが否定されているということは間違いなさそうです。