「女性脳」「男性脳」という考え方が、じつはシンプルに「間違いである」といえるワケ
脳に性差はあるか
前回、前々回の記事で、行動や能力の性差について見てきました。思ったほどには性差がない、もしくは、性差が小さいと思われたのではないでしょうか。これだけでも、「女性脳」「男性脳」のような言説が疑わしいものだということがおわかりいただけたと思います。とはいえ、これらはあくまで行動や能力であり、脳そのものではありません。それでは、脳そのものに性差はあるのでしょうか。 確実に違いがあると言えそうなのは、脳の重量です。統計によるばらつきはありますが、女性であれば概ね1200~1250グラム程度、男性であれば1400~1500グラム程度とされています。ですが、ここまで述べてきたように、現在においては、脳の重量そのものは行動や能力とは特段の関係を持たないと考えられています。 次に、脳の研究は、大雑把に言うと、脳の構造(つくり)と、脳の機能(働き)の研究に分類することができます。脳の構造については、脳梁に性差がある可能性が過去報告されましたが、のちの研究はこの結果を支持していません。これもここまで述べてきたとおりです。 その後、脳の構造の性差をめぐる大規模な研究が多数なされています。最初のメタ分析では、男性と女性の脳の構造はほとんど違いがないが、扁桃体、海馬、島皮質などの記憶や感情とかかわるような脳の部位においては若干の性差があることを報告しています(※7)。 難しいのは、その後の分析や研究においては、必ずしも一貫した結果が得られないという点です。たとえば、前記のメタ分析で性差が見られた海馬という領域は男性のほうが大きいとされました。ところが、そもそも脳の体積は男性のほうが若干大きいため、全体の体積を考慮すると、男性のほうが大きいとは言えないという分析も報告されています。 同様のことは脳の機能についても言えます。脳の機能は、何も課題を課していないときの脳の働きや、何らかの課題をしているときの脳の働きを調べたりします。ある研究では、言葉を処理しているときの脳の機能に性差があるかを調べました。その結果、研究で用いられた一部の課題において、女性は脳の両半球を使う一方、男性は左半球のみを使うことが示されました。こちらも著名な科学誌に発表され話題になりましたが、その後の研究では同様の結果が出ないことが明らかになっています。 研究は膨大な数にのぼるので、脳の構造や機能に性差があるという研究を見つけることは難しくありません。メタ分析などの俯瞰的な研究を見てみても、一部であっても脳の構造や機能に性差があるという結論が下されることが多いように思います。 最近の論文でも、性差がないと結論付ける系統的レビューもあれば、性差がないとは言えないだろうという反論論文も出されており、実際のところ、どのようなデータを含めるのか、何を補正するのか、どういう分析をするかによって結果は大きく変わってしまいます。これは、行動や能力と比べても、脳の構造や機能のデータが非常に複雑であるためです。同じデータであっても、異なる結論が導かれることもしばしばです。 問題は、仮に一部の脳領域に性差があるとしても、そこから「女性脳」「男性脳」の存在を主張できるわけではない、という点です。