松下由樹「『アイコ十六歳』でデビューしてもう40年。死を見つめることで、今をどう生きるべきかが見えてきた」
◆「死」について考えるのはポジティブなこと 第1弾となった作品でお声がけいただいた時、私は「お終活」という言葉を聞いてもピンときませんでした。言葉は知っていましたが、具体的に何を意味するのかわかっていなかったというか、そもそも死ぬときのことを考えるなんて縁起でもないと避けていた節があったのです。 それだけに台本を読んで驚きました。「どういう最期を迎えるのか?」「死ぬのにあたってどんな準備をしておくべきなのか?」といったシビアなことを、こんなふうにユーモア仕立てにするのもアリなのかと。物語のコミカルな展開にゲラゲラ笑い、時に切ないエピソードに涙しながら、気づけば実用的な知識を得ている。こういう作品はこれまでになかったなと。 今回の役を演じるにあたり、撮影現場としてもご協力いただいた名古屋の一柳葬具總本店さんで実際に1級葬祭ディレクターをしておられる方からレクチャーを受けました。そこで感じたのは、葬祭ディレクターは人の心に寄り添う存在なのだということです。 現実的には死なない人は1人もいない。いつか自分も100パーセント死を迎えるのだと再認識できた。「死」をみつめれば、自ずと今をどう生きるかという課題が浮かんできます。死について考えることは、余生を心豊かに生きること…ポジティブな行為なのだと価値観ががらっと変わったのです。 同時に、映画を観てくださる方にこのことを伝えるのが私の役割、自分ならどういう葬祭ディレクターに信頼を寄せ、安心感や安定感といった好感を抱くだろう? と考えながら役作りをしていきました。
◆悔いないように生きていきたい 本作では夫婦問題、親子問題、認知症問題、介護問題などを取り上げていますが、その背景に人生100年時代をどう生きるか? というテーマがあります。たとえば定年退職後、家にずっといる旦那さんとの心の距離は離れていくばかりで、これから30年も一緒に暮らすの? といった問題。私は結婚したことがないので、夫婦の関係性の変化はよくわからないというのが正直なところなのですが、長く連れ添っていたらいろいろあるでしょうね、とは思います。(笑) 映画の中では千賀子さんが「もーいや、こんな愛想もない威張りん坊な旦那といられないわ!」と反乱を起こすのですが、大変だなと思う反面、大原夫妻のようにポンポン言いたいことを言い合えるのは羨ましいな、凄い信頼関係で結ばれているんだなとも感じます。といって1人で生きることを寂しく感じるのも違う。どの道、みんな最後は1人になるのだからと思う気持ちもあります。 つまり、この映画を観て何を感じ、何を考えるのかは人それぞれなのだろうなと思うのです。大原家に巻き起こる騒動を笑いながら見ているうち、客観的に自分たち夫婦や家族の関係性をみつめて楽になる方がいるかもしれない。あるいは1人で生きることを選んだ自分にはどんなお終活が必要なのだろう? と考える人もいるかもしれません。いずれにしても自分の人生なのですから、自由に生きていきたい。少なくとも私自身はそうした勇気をもらいました。 見どころ満載の作品ですが、中でも、高畑さん演じる千賀子さんがステージで『愛の讃歌』を歌うシーンが素晴らしいのです。私は高畑さんの歌声に鳥肌が立つほどの感動を覚え、一度きりの人生を悔いのないように生きたいと心の底から思いました。 具体的に何をしたいか? と訊かれたら、ゴルフを再開したいとかダンスを続けていきたいとか、それなりにいろいろあるのですが、何をするかという以前に、どんな心持ちで生きるのかが重要だという気がします。失敗を恐れずやりたいことにチャレンジする、思うようにいかないことが起きても腐らない、辛いことではなく楽しいことに着目する……。作品を通して千賀子さんが教えてくれたことです。