ついに世界へ。なぜロンドン五輪銅メダリスト清水聡は21歳ホープ森武蔵を打ち破りアジア“最強”ベルト統一に成功したのか?
2年前に1階級上のスーパーフェザー級WBOアジアパシフィック王座に挑戦したが、6回に無残なTKO負け。もし勝っていれば、当時、WBO世界同級王者だった伊藤雅雪とのビッグマッチが予定されていた。両眼窩底など4カ所を複雑骨折し、骨をつないだ異物は、まだ目の奥に入ったままだ。昨年、7月に復帰戦を飾ったが、「自分のボクシングができなかった時期があった」という。 森武蔵との統一戦を前に生活のすべてを見直した。2か月間、肉体を根本から変え、体調を整えるため朝昼晩と自炊した。 「鍋ばっかりですよ」 得意の清水スペシャルは「しょうが味噌味」。 加えて大橋ジムの6階にある低酸素トレーニングジムに週に2度通った。「練習が終わると1時間立てなくなる」ほどの過酷トレ。17日には標高3500メートルと富士山を超える高さに設定された薄い空気の中で最終調整を終えた。 「だからこそ、苦しい中、あと1歩前に出ることができた」。21歳の森に対抗できたスタミナは、このトレーニングで培われたもの。「コロナの中、もがき、いいボクシングを探すことができた。勝ったことで次につながる」。清水の言葉に説得力があった。 大橋秀行会長は世界戦へゴーサインを出した。 「あの若手相手にスタミナ負けしなかった。次は世界戦。何色のベルトになるかわからないが4団体でチャンスのあるところで。おそらく海外になると思うが、できるだけ早くに実現したい」 大橋会長のコメントを隣で聞いた清水は「そういうことを聞くとすぐに調子に乗っちゃうので(笑)。今は試合が終わったばかりなので、少しゆっくりさせて下さい」とジョークで返した。ロンドン五輪金メダリストの“盟友”WBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太(帝拳)に遅れること4年。ついに世界への扉を開いた。 世界のフェザー級は、人気実力共にナンバーワンのWBA世界同級スーパー王者のレオ・サンタクルス(メキシコ)を筆頭に、スーパーバンタム級王者時代は、将来の井上尚弥の最大の宿敵とも言われたWBO世界同級王者のエマヌエル・ナバレッテ(メキシコ)などの名王者が揃う。空位となっているIBF王座が狙い目かもしれないが、いずれにしろビッグバウトになることは間違いない。 一方、プロ13戦目にして初めて敗戦を知った森武蔵は、ホテルの部屋に戻り、打ちひしがれていた。 「気持ちで負けたとは思わないが、清水さんの気持ちが強く、僕が弱かったということ。ダイヤモンドレフトと呼ばれるパンチは、そんなに凄いとは感じなかったけれど、この1敗は重い。これだけ注目を浴びた試合で恥をさらしてしまった」 35歳と21歳。キャリアの差をつきつけられた。 森武蔵は、全日本新人王を獲得したときから、「ひとつでも負けたら引退する」との強い覚悟で、ただ1点、世界だけを目指し、ここまでの厳しいマッチメイクを勝ち続けてきた。 「こんなところでつまずいていては世界なんて言えない。僕一人でボクシングができているわけではない。スポンサーさんらの応援があってできている。今ここですぐにやりますなんて言えない。デビューからずっと自分をいじめてきた。ちょっとゆっくりして…これからのことを考えたい」 森武蔵は、悔し泣きをしていた。その涙は、稀有な才能を持った若きボクサーをきっと強くするだろう。 勝者が「世界切符」を手にする国内フェザー級最強を争うサバイバルマッチは、名勝負にはならなかった。「勝ちたい」という執念がぶつかり合う試合は、得てしてこういう殺伐とした試合になる。だが、これこそが本物の男の戦いだった。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)