「トランプ米大統領」への7つの課題と戦略は?
(3)具体的な処方箋
「法と秩序の回復」「米国第一主義」といったスローガンが昨今の米国民の琴線に触れるものだとしても、今後は政策の具体的中身が問われる。米大統領選は夏季五輪の年に重なる。通常、両党の党大会は五輪「後」に開催されていたが、今回は五輪「前」となり、1か月ほど早まった。その分、今回の党大会ではまずクリントン氏のイメージダウンに注力した点は理解できる。早い段階で相手を定義してしまうことは米大統領選の定石だ。クリントン批判は党内結束の切り札でもある。 しかし、有権者の不安や不満に訴え、相手に非を背負わせ、「変革」を声高に叫んでいれば良いのは、通常、党大会が始まる8月下旬まで。トランプ氏の提言は「政策」の名に値するのか。それとも粗野な「願望」に過ぎないのか。そろそろ有権者の目も現実的になってゆく。
(4)民主党の切り崩し
党大会では民主党のバーニー・サンダース氏の支持層を切り崩そうという戦略も見て取れた。トランプ氏の演説でもサンダース氏に2回言及し、かつ(これまでの共和党の党大会では考えられないことだが)「LGBTQ(性的少数者)の擁護」や「自由貿易協定の再交渉」といったメッセージも発した。さらに政策綱領には「レイムダック期(選挙後から新政権発足までの約2か月)に議会は自由貿易協定を承認しない」「(銀行と証券の分離を定めた)グラス・スティーガル法を復活する」など、サンダース氏の支持層に秋波を送るような文言が並んでいる。 ちなみに、政策綱領は「公約」の一種ではあるが、実質的には「空手形」に近い。党内の力関係を読み解くには面白い文書だが、日本の「マニフェスト」のような重みも拘束力もなく、党大会が終わればほとんど死文化する(本選に向けて練り上げられゆくことはない)。「金本位制の復活」「在イスラエル米国大使館のエルサレム移転」「高校での聖書教育の義務化」などは定番だが、実現可能性は皆無に等しい。
(5)無党派層への浸透
今回の選挙戦の特徴の一つは両党の候補者が不人気な点にある。各種世論調査を見ると、概ね、クリントン氏とトランプ氏の支持率(ほぼ拮抗している)を合わせて70~75%、「第3の候補に投票する」と答える者が20~25%、「まだ決めていない」が5~10%、といったところか。通常、党大会直後に5%ほど支持率が上昇するが、2~3週間すると世論調査も落ち着き、本選へ向けた形勢がはっきりしてくる。それゆえ、現時点での数字はかなり流動的だが、やはり二大政党になびかない無党派層の取り込みは重要だ。 気になるのは「第3の候補」の動向である。リバタリアン党は10~13%、緑の党は3~5%ほどの支持率を叩き出している。15%を超えると候補者討論会への参加が認められ、注目度は一気に増す。前者は共和党、後者は民主党の票を奪う可能性が高い。本選で勝つ見込みはないが、激戦州の結果を左右しかねない。 ちなみに、現在、激戦州は約10州あるが、共和党はオハイオ州とフロリダ州、ノースカロライナ州の1つでも落とすと敗北が濃厚だ。逆に、民主党はペンシルバニア州で苦戦するようだとパニック・モードになるだろう。トランプ陣営としてはペンシルバニア州やオハイオ州など、白人労働者層の多い中西部でクリントン陣営に揺さぶりをかけることが鍵となる。