「トランプ米大統領」への7つの課題と戦略は?
(6)副大統領候補の働き
トランプ陣営がマイク・ペンス氏(インディアナ州知事)を副大統領候補に選んだのは「正解」だろう。実務経験が豊富で、党内の信頼も厚く、陣営と党の橋渡し役も期待できる。ただ、イスラム教徒の入国禁止やメキシコ国境の壁建設、同性婚、人工妊娠中絶(強姦や近親相姦の場合を含む)、カジノなどに反対する一方、熱心な自由貿易推進派でもある。つまり、トランプ氏の立場とは真逆で、事実、予備選ではクルーズ氏を支持していた。この点、民主党にとっては格好の攻撃材料となろう。また、無党派層(特に女性)にとっては価値観が保守的過ぎよう。 ペンス氏の起用を受けて、クリントン陣営としては「真ん中(=無党派層)」を取りに行けると判断したのだろう。中道派のティム・ケイン氏(連邦上院議員)を副大統領候補に抜擢した。こちらも「正解」だろう。クリントン氏への支持が弱い「白人」「男性」へのアピールが期待できる。また、ペンス氏同様、実務経験が豊富で、党内の信頼も厚く、堅実、外交にも明るい。おまけに激戦州のバージニア州選出でスペイン語も流暢だ。ただ、自由貿易推進派でもあるため、サンダース氏の支持層の一部に失望感が広がる可能性もある。 もっとも、党大会が終わってしまえば――副大統領候補の討論会(1回)を除き――ほとんど注目されなくなる(その分、対立候補への「攻撃犬」としての役割が期待される)。副大統領候補が本選の行方を左右することはまずないが、大統領に万一のことがあれば代行ないし昇格する。政治的にはやはり重要な存在だ。
(7)政治観の修正
トランプ氏の発言を聞いていると、彼が政治や外交を「ビジネス交渉」であるかのごとく捉えている印象が拭えない。短期的な「勝敗」や「実利」にしか関心がなく、その先にある米社会や国際世界のビジョンがほとんど伝わってこない。まるで「儲からない町内会活動なら脱退する」とでもいう態度だ。NATOとの関係悪化やロシアの勢力伸張で中長期的に損失を被るのは米国かもしれない。にもかかわらず、NATOと対峙し、共同防衛体制をめぐる交渉に勝利することが目標とされるようでは、同盟国からの信用は失墜するだろう。地政学的なリスクも増大し、米国の国益も国際社会の秩序も脅かされる。中国についても為替操作や知財窃盗は問題視するものの、軍事力を背景にした威圧的行為など、地政学的な観点から語られることはほとんどない。 トランプ氏の今後の動向を注視したい。
----------------------------- ■渡辺靖(わたなべ・やすし) 1967年生まれ。1997年ハーバード大学より博士号(社会人類学)取得、2005年より現職。主著に『アフター・アメリカ』(慶應義塾大学出版会、サントリー学芸賞受賞)、『アメリカのジレンマ』(NHK出版)、『沈まぬアメリカ』(新潮社)など