「女性として生きたい」トランスジェンダー「見た目」問題の葛藤 #性のギモン
当初、性別適合手術をしようと札幌市内の大学病院を受診していた。だが、1年間通っても、治療にたどり着けなかった。 「(GIDの)診断書が出るまでにも何年もかかってしまう。その間にも、どんどん自分が望まない体になっていく。それは苦痛でしかなかったですね」 それなら費用も安く抑えられる海外で受けようと考え、2004年、29歳の時にタイで手術を受けた。かかった費用は当時の為替レートで約55万円だった。 「今でも、北海道で受診できる施設は5カ所にとどまり、予約困難な状況です。性同一性障害の人はもっと多いはずなので、せめて各医療圏に1カ所ぐらい、GID治療ができる施設がほしいです」 渕上さん自身は24歳の時から女性ホルモンを投与してきた。ニューハーフショーでステージに上がる必要性もあり、自身で外見の「パス度」も上げてきた。そのため、女子トイレを利用するハードルは高くなかったという。そんな自身の努力はありながらも、「見た目」でトランスジェンダー当事者のトイレ利用の可否を判断するのはおかしいと指摘する。 「ボーイッシュな外見を自分の個性だとしている女性だっていますよね? 『女性』にも多様性があるわけで、幅広い多様性への理解が必要でしょう。外見の度合いである『パス度』でトイレ利用の受け入れを判断するのは、それこそルッキズムであり、重大な人権侵害だと思いますよ」
トランス女性の「パス度で差」は疑問
見た目を判断基準とする「ルッキズム」は、法曹界でも問題視されている。弁護士の立石結夏さんは、近年、トランスジェンダーの外見が争点となった裁判例が続いており、判決に「ルッキズム的な視点」が盛り込まれるケースが出てきたと指摘する。
例えば「経済産業省事件」。男性として入省した職員が性同一性障害の診断を受け、女性職員として勤務したい旨を上司に伝えた。女性用トイレも使用できるようになったが、「当面の間は」勤務するフロアから2階以上離れたトイレを使うよう指示された。それから数年経っても処遇は改善されず、さらに異動先でのカミングアウトを求められ、上司から「男に戻ってはどうか」といった発言など様々なハラスメントを受けたため、職員は国を提訴。一審判決では、上司の発言の一部とトイレの処遇は国家賠償法上、違法とされた。 現在、上告中である同事件の原告代理人である立石さんは、司法の外見に関する捉え方に疑問を呈している。 「一審が、性同一性障害を取り巻く状況と、原告自身と原告の職場環境について丁寧に事実認定し、上司の発言と、トイレの制限をそれぞれ違法と判断したことは高く評価できます。ただし、原告が『女性らしい外見をしているから、周囲が違和感を抱く可能性が低い』といったことを根拠に判断を下した部分があります。これは、いわゆる『パス度』の話です。パス度が高いトランスジェンダーとそうでないトランスジェンダーとで、その人の権利や法的利益の保護の範囲が異なるとすれば、それは見た目による不合理な差別ではないかと疑問に感じます。ルッキズムは明らかな差別。トランスジェンダー女性についても同様に差別だと私は思っています」