【第1回】セアカゴケグモが増えた夏、そして忘れ去られた夏
本来に日本に生息していないはずの外来生物が発見され、増え続けているというニュースをよく耳にします。被害が収束したり、健康にそれほど害を与えないということがわかったりすると、報道されることはおろか、外来生物だということすれ忘れて去られてしまいます。 この連載では、国立研究開発法人国立環境研究所の侵入生物に詳しい五箇公一さんが、虫やカビなど小さな外来生物問題に焦点をあて、生物・環境・社会・経済などあらゆる側面から読み解き、今後の日本および世界の進むべき道の糸口を探っていきます。
セアカゴケグモは、いったいどんな毒性を持っているのか?
2014年の夏、外来の毒グモの分布が急速に拡大していることが話題になりました。その毒グモの名前はセアカゴケグモ。この毒グモは日本のクモではなく外来生物です。本来の生息地はオーストラリアの亜熱帯地域と考えられ、米国や東南アジア等に広く侵入しています。日本では1995年に大阪で初めて定着が確認され、当時は毒グモが侵入したとして大きなニュースにもなりました。 この毒グモは、餌を捕獲するための毒牙を備えており、人間がかまれた場合、かなりの痛みが生じます。その毒の単位量あたりの毒性(1mLで殺せる動物の体重)は、キングコブラの毒性よりも高いとされます。幸い、1匹当たりの毒の量が極めて微量であること、およびクモの毒牙自体も極めて短いため人間の血管に直接毒を注入することができないことなどから、このクモにかまれたからといって、人間の命に関わるほどの影響が出るという心配はありません。 もちろん体力のない老人あるいは乳幼児などがかまれた場合の健康リスクは想定しなくてはなりませんが、そのリスクは例えばスズメバチやミツバチに刺されるリスクと何ら変わりはなく、必要以上にこのクモの毒性を強調することには生物学的に意味はないと思われます。原産地とされるオーストラリアでも、セアカゴケグモのぬいぐるみや模型が販売されており、むしろ愛すべきキャラクター扱いされています。 実際、その後、このクモによって重症患者や死者が出たなんてニュースはおろか、かまれてけがをしたというケースすら、ほとんど報告もなく、発見から20年を経て、このクモの存在はほとんどの日本人の記憶から消えかけていました。