【第1回】セアカゴケグモが増えた夏、そして忘れ去られた夏
忘れ去られてもなお、セアカゴケグモは生息域を広げ続けている
しかし、この外来クモはその後も確実に分布を広げ、2013年から14年にかけて東北地方(岩手・福島県)や北陸地方(石川県、福井県)で分布が確認され、特に14年には東京都三鷹市のマンション敷地内の植え込みからセアカゴケグモ十数匹がまとめて見つかったことから大きなニュースになりました。東京という人口密集地に、ついに外来毒グモが侵入したとして、地域住民や都民の恐怖心と不安感がニュースに繋がったのでしょう。 筆者自身も、外来生物の専門家として、たくさんの取材を受けました。この外来クモに対する認知度があがり、防除も進めばと最初は期待しましたが、冬を越して、今年の夏になると、昨年の騒ぎが嘘のように、このクモのことはニュースに出ることがなくなりました。 人々の関心が薄れているのは、セアカゴケグモが減ったためかといえば、そうではなく、15年になって、大分、新潟、島根県、そして日本最北の地、北海道でも個体が確認されており、実際には、ますます分布拡大が進んでいたのです。 定着が見つかる都度、当該地域ではちょっとした騒ぎにはなるのですが、結局、たいした被害も出ないということから、このクモの存在は、マスコミに取り上げられる数も激減し、十分な防除が行われないまま、分布の拡大が抑えられることはなかったのです。 現在では確認されているだけで、本種の分布は40都府県に及びます(15年11月現在)。あまり大きな被害をもたらさない外来クモが広がって何が悪い、と多くの人が思うかも知れませんが、亜熱帯原産のクモが冷涼な気候帯の日本列島で確実にその数と分布域を増やしているという事実こそが生物学的・環境科学的に問題と考えなくてはなりません。
「越冬できないはずのクモが増えること」は何を意味しているのか?
越冬できるはずのないクモが急速に増える、この現象の背景には温暖化・土地開発・グローバリゼーションという地球レベルの環境問題や経済構造が横たわっています。 地球温暖化とは、人間が地下に埋まっている化石燃料を掘り出し、産業革命を迎えて以降、莫大なエネルギー消費を繰り返して来た結果、大気中に大量の温室効果ガスが蓄積し、その結果地球上の平均温度が急上昇しているとされるまさに地球レベルの環境問題です。 地球温暖化によって、熱帯・亜熱帯地域の生物たちが生息可能なエリアが北へ拡大していると考えられています。日本でもナガサキアゲハやクマゼミの分布が広がっていることが報告されています。セアカゴケグモの近年の分布拡大に温暖化が影響している可能性が高いと考えられます。 加えて、森林伐採、高速道や宅地の開発等で乾燥した裸地が広がっていることもセアカゴケグモにとっては住みやすい環境の提供に繋がっています。こうした人工構造物が密集したエリアでは冬でも寒さをしのげる空間が存在し、越冬できないクモでも年間を通して生き抜くことができることになります。 そして、何よりもこのクモの分布拡大に大きく影響しているのが、人為的移送です。セアカゴケグモ自体には羽もなく、また身体も風で飛ばされるほど小さくないため、その自律移動は歩行によるしかありません。わずか数年で複数の県をまたぐほどの急速な長距離移動を成し遂げたのは、人間が運搬する荷物に付着して移動しているからです。