料理家なのに鍋を焦がす。つまずいてもいないのに転ぶ。50代の私はいろいろヤバい
料理家、鍋を焦がす
50代半ばになってから、鍋を火にかけていたのを忘れたり、作りおきの存在を忘れたりするようになりました。正直、愕然としました。つい30分ほど前に火にかけたのに、他の家事をして少しだけ離れている間にもう忘れている。焦げる匂いがするまで気づかない。 鍋を焦がしたのも一、二度ではありません。ちなみに職業は料理家です。 作っている途中でも忘れるわけですから、作っておいたものも忘れます。明日食べようと思って前日に作っておいた煮物を、当の夕飯に出し忘れる。お客さんに出すつもりだった料理を、冷蔵庫に入れたまま、皆さんが帰ってから思い出す、などなど。 そこまで完全に忘れるかな ? そのヌケっぷり、早すぎじゃない ? と自分に言いたい ですが、現実は厳しい、仕方ありません。 おのれの変化を劣化だと思い、それが許せず、そんなはずはない、二度と忘れないと誓ってみたけど、またやるのであきらめました。最近はスマホでタイマーをかけ、冷蔵庫に付箋を貼っています。 「ニワトリ並みの記憶力になったよ」と相方に言ったら、「ニワトリに怒られるよ」と苦笑されました。まったくです。以前読んだイギリスのロザムンド・ヤングの『牛たちの知られざる生活』に、羊は会った人の顔をすべて覚えているとあったような(ムリっ)。ニワトリだって実はすごいかも。 以前から私は自分の主宰する料理教室で「冷凍室は忘却の装置だから、忘れないように気をつけて」と言っていました。今や冷凍室に入れるまでもなく、忘却の彼方へ行ってしまうわけです。グッドバイ。
料理は買いおかない、作りおかない
一方で、忘れがちになったことに呼応するかのように、食べたいものが変わってきました。煮込み料理など時間がかかる重ためな仕上がりのものはあまり食べたくなくなったのです。いや、煮込んでいることを忘れるからっていう負け惜しみではなく。 春には、ただ筍を焼いたり、だしでさっと煮たり、昔ながらの油揚げと炊き込みごはんにしたり。好物のスナップエンドウなど春野菜をさっとゆでたり炒めたり、たま~に精進揚げにしたり。 初夏にむけておいしくなるトマトはそのまま切って、おいしい塩と。せいぜいモッツアレッラと合わせたり、皮ごと塩焼きしたレモンを添えるくらい。入梅時は、いい子と目があえば鰯をサッと煮るのも好きです。 夏は皮が焦げるまでしっかり焼いたなすを梅酢やめんつゆやポン酢に数時間つけておいて新生姜をおろして添えればごちそう。ピーマンや万願寺とうがらしを焼いて梅だれで食べたり。きゅうりの塩もみに二杯酢に走りのブドウをのっけたり。青じそやみょうがを刻んでたっぷりの薬味をのせた冷奴。そして長崎・島原のそうめん。 秋には、鯖や秋刀魚を焼いて。きのこをたくさん入れたとん汁や、炊き込みご飯。根菜と青菜の白和えや里芋の炊いたん。れんこんやごぼうのきんぴら。れんこんは丸ごとホイルに包んで焼くのもいい。 冬はしゃぶしゃぶの鍋や水餃子、かぶを焼いたり、鶏を炊いたり。ブリのアラ炊き、大根の煮物、さっと焼きながらレモンをからめた鶏や、にんじんのスープなど。 こう書けば丁寧に暮らしているふうに見えますが、どれもその日出合った材料で作れるシンプルな、てらいのないおかずです。 こんなラインナップだから買いおきもあまりしなくなりました。この先、忙しいとわかっているときでもせいぜい明後日まで困らない分までに。 長崎から有機野菜と、滋賀から精肉を、それぞれ月に一度取り寄せしていて、これがいうなれば買いおき。どちらもどんなものが届くかはおまかせで、その月次第なので、届いたものを見て、何を作るか気分で決めます。焼く、蒸す、炒める、時々レンチン、そんなバリエーションで。 相方も、こってりとしたものを好まなくなりました。今でも肉が好きですが、塩と胡椒で焼いたり、しゃぶしゃぶしたりがよいようです。 作りおきも年々減って、今ではほとんどしなくなりました。夏には野菜が傷みやすいので、買ってきたらすぐにピクルスにしたり、塩水につけたり酢につけたりしておきますが、あくまでも延命のためで、作りおきというほどのものではありません。 自家製も減らしました。梅干しは、調味料としても重宝なので、今も毎年漬けていますが、母に習って20年以上、毎年仕込んでいた味噌は気が向いた年だけに。あとは季節のちょっとした遊びのような感覚で、2、3回分のジャムや漬物を楽しく作ります。そして1週間ほどで食べきります。 調味料もシンプルに。うちでは酢がいちばん出番が多く、塩、酒、醤油、梅干し、レモン、砂糖、味噌、と続き、胡椒を筆頭にスパイスがときどき加わります。とはいえ常備しているのは、黒と白の胡椒、複合スパイスのカレー粉、ガラムマサラ、くらいでしょうか。 気分でシナモンや、好きなのでクローブやナツメグを。いずれも使い切れないときは紅茶やほうじ茶に入れれば、いい感じのマサラティになるラインナップです。 家で中華風は作りますが、それ以外のエスニック系の料理はほぼしなくなりました。カレーも、煮込まない野菜中心の軽やかなカレーがほとんどに。 自分にとってのおいしいが変わっていくのはごく自然なこと。私の場合、それに合わせていたら、料理がどんどんシンプルになりました。 そして、自分たちの好きなものを作って食べているから、家のごはんがいちばんおいしい。 年々、そうなっている気がします。