ルイーズ・ブルジョワ展が森美術館で開幕。自身の痛みや感情と徹底的に対峙し、表現し続けたアーティストの大規模個展をレポート
見捨てられる恐怖、母性の複雑性
本展では、ブルジョワの創作活動の源が家族や親しかった人々との人間関係にあるととらえ、家族との関係をもとにした3章に分けて展示を構成。 「私を見捨てないで」と題された第1章は、主に母と子の関係や母性について。ブルジョワは生涯にわたって見捨てられることへの恐怖に苦しんでいたとされ、その恐怖は20歳のときに経験した母との別れにまで遡る。 展示は初期の自画像《家出娘》で始まり、最初の部屋では、「わたしの彫刻はわたしの身体であり、わたしの身体はわたしの彫刻なのです」(本展プレスリリースより)と語ったブルジョアの不安定な心理状態や精神分裂への恐怖を象徴するかのように、腕や耳、頭部など身体の断片を象った彫刻が台上に並べられている。壁3面に投影されているのは、生前のブルジョワと交流があり、彼女が精神分析を受けていた時期に綴った文章を使って制作したジェニー・ホルツァーによる作品だ。 続く展示室では、巨大な蜘蛛の彫刻《かまえる蜘蛛》が待ち構えている。糸で巣を作り、壊れても作り直す修復者であり、危険な生き物として恐れられるような両義性を持つ蜘蛛という存在は、タペストリーの修復家であったブルジョワの母を象徴するモチーフとしてたびたび登場する。「かまえる」と題されているこの作品では、外敵を威嚇するかのように足を広げた迫力のある姿が表現されており、それは子供を守る母のようでもあり獰猛な捕食者のようでもある。 さらに、作家がフランスに残した家族とニューヨークで築いた家族へ惜しみない愛情を注ぐ様が乳房から伸びる5本の糸で表されている《良い母》、3人目の息子アランを題材に、妊娠から出産、子の成長を表す6体の彫刻と像が歪む鏡で構成される《無口な子》など、母性の複雑性が浮かび上がる多様な作品群が続く。 顔のないピンク色の彫刻《自然研究》は、複数の乳房と4本の脚、陰茎を持つ身体が番犬のような姿勢をとっている。これはブルジョワ自身の自画像でもあるそうで、自然の摂理を超えた強い守護神の像を通して、家族を守り、そのためにはときに他者を威嚇するという二面的な母性が表現されている。 ブルジョワは赤いグァッシュによる作品を多く残しているが、ここでは《授乳》と題された一連の作品も展示。血液をイメージさせる薄い赤色で乳房と赤ん坊が描かれているが、「特筆すべきは、彼女は赤ちゃんに自分を重ねて描いていたこと。母をつねに必要としている赤ん坊や子供に自分を重ねていたと言われています」と担当キュレーターの椿は説明する。 また、ふたつの身体が抱き合いながら不安定に吊るされた銀色の彫刻《カップル》で表現されているように、愛情や性的関心もブルジョアにとって重要な主題のひとつ。ふたりの人物の内面と身体が渦を巻くように絡み合い、ぶつかり合いながらも均衡を保とうとするかのような絶妙な緊張感を感じさせる。