なんと、上りと下りでは、効果が違った…! じつは、山を登るのは「有酸素運動の最高峰」だった、という「じつに、納得の理由」
登山は有酸素運動の最高傑作
また、遅筋線維を動かす燃料は主として脂肪(脂質)、速筋線維では炭水化物(糖質)が使われます。つまり、上りでは脂質代謝を、下りでは糖質代謝を改善させる刺激となります。図「健康面から見た軽登山励行の効果」で、軽登山の励行者には脂質異常症や糖尿病の人が少ないことを紹介しましたが、山道を上るときには前者、下るときには後者の疾患を、予防・改善する効果が生じているのです。 ほかにも、絶え間なく変化する登山道の傾斜や路面の状況に応じて、足の置き方をさまざまに変え、バランスをとりながら歩くので、全身の筋を活動させる効果があります。そして、それら多数の筋を協調させて動かすことから、脳神経系の働きにもよい刺激をあたえます。また、高い山に行けば酸素の量が減りますが、これには代謝を活発にする作用があります。 このような理由から筆者は、登山は数ある有酸素運動の中でも、最高峰に位置するものと考えています。好きな登山を励行することで、健康や体力をオールラウンドに増進できるのですから、こんなありがたい話はありません。登山は「百薬の長」だといっても過言ではないのです。
「登山処方」を意識しよう
登山は百薬の長とはいうものの、最初のほうでも述べたように、次の注意が必要です。登山が身体によい理由とは、運動強度が適度に高い運動を、非常に長時間行うからです。そして、それが適切に行われる限り、身体に多くの好影響をもたらします。しかし、不適切なやり方で行えば、そのダメージもまた大きくなってしまう、ということです。 たとえば、自分の体力に不相応な厳しい登山コースに出かけたとすれば、心肺、筋、骨などを鍛えるための適度な刺激を通り越して、逆に、それらを痛めつける刺激となってしまいます。また、たとえ体力相応のコースを選んだとしても、歩くペースが速すぎるなど、無理な歩き方をすれば同じことです。 そして残念ながら、現状ではこのような登山者も少なくないために、トラブルや事故が多く起きているのです。 前述のように、運動は薬と同じ性質を持ちます。適切に行えば健康や体力づくりに大きな効果をもたらしますが、不適切なやり方をすれば一転して、マイナスの影響をおよぼします。薬には処方という言葉が使われますが、ウォーキング、ジョギング、自転車こぎ、水中運動、あるいは筋トレなど、健康のために運動をする場合にも「運動処方」という言葉が使われています。 登山でも同じです。自分の体力や健康に合わせてどんな登山コースを選べばよいのか、またそこに行った際にはどのように歩けばよいのか、自分の身体とよく相談して調整していくことが大切です。本書では、これを「登山処方」と呼びたいと思います。 薬の処方は医師がしてくれます。これに対して登山処方は、自分で考えて実行しなければなりません。といっても、それは難しいことではありません。身体の仕組みを知り、実際の登山でよさそうなやり方を試してみる、という取り組みを続けるうちに、自分の身体のことがわかるようになり、自分に対する適切な登山処方もできるようになります。 さて、これまで登山が身体に与える良い影響を、運動生理学の視点から、その一端をご紹介してみました。 身体への影響が気になるのは、比較的年齢を重ねた成人の方が多いと思いますが、もちろん若い方達にも、心身によい影響があります。ひとつ、興味深いアンケートがありますので、ご紹介しましょう。じつは、このアンケートを通して、次世代を担う若者や子どもたちにとって、登山は非常に重要なの体験なのではないかと、気づかされたのです。 登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術 安全に楽しく登山をするために、運動生理学の見地から、疲れにくい歩き方、栄養補給の方法、日常でのトレーニング方法、デジタル機器やIT機器の効果的な使い方などをわかりやすく解説。豊富なコラムで、楽しみながら知識が身につけられます!
山本 正嘉(鹿屋体育大学名誉教授)