「高級車に乗る人」が危険な運転をしがちな理由 権力のある人は自分を抑制する力を失いがち
横暴に振る舞う上司、不正を繰り返す政治家、市民を抑圧する独裁者。この世界は腐敗した権力者で溢れている。 では、なぜ権力は腐敗するのだろうか。それは、悪人が権力に引き寄せられるからなのか。権力をもつと人は堕落してしまうのだろうか。あるいは、私たちは悪人に権力を与えがちなのだろうか。 今回、進化論や人類学、心理学など、さまざまな角度から権力の本質に迫る『なぜ悪人が上に立つのか:人間社会の不都合な権力構造』より、一部抜粋、編集のうえ、お届けする。 【写真でみる】なぜ政治家は堕落し、職場にサイコパスがはびこるのか? 進化論や人類学、心理学によって読み解く1冊
■権力研究の第一人者 ダッチャー・ケルトナーはニューエイジのカルトのグルではないが、権力の認知的な作用の研究に関しては、彼こそが学問上のグルだ。 プロサーフィンのツアーに難なく溶け込めそうな長いブロンドの髪を生やし、満面に友好的な笑みを浮かべたケルトナーは、彼が研究している虐待的な人の多くとは正反対だ。 私を自宅に迎え入れてくれたときに、彼が真っ先に投げ掛けた質問は、「もう、食事は済ませましたか?」だった。
カリフォルニア大学バークリー校のグレーター・グッド・サイエンス・センターと呼ばれる研究所で、ケルトナーは情動や感情、権力、畏怖、行動の動機の背後にある科学について、驚異的な量の研究を次々にこなしている。 他の研究者たちになんと5万8851回も引用された彼の研究が、ピクサーの映画『インサイド・ヘッド』の背後にある情動の科学の基盤の大半を形成していた。 彼は頻繁に、シリコン・ヴァレーの野心的なリーダーたちに助言している。アメリカ各地の超一流の心理学科で権力を研究している傑出した人々の多くは、かつて彼の指導の下で博士課程に在籍していた。
人間は、ケルトナーが登場するよりも何千年も前から権力に魅了されてきた。だが、権力の研究がより体系的になったのは第2次世界大戦後だ。それは、世界で解き放たれたばかりの邪悪を、研究者たちが理解しようとしたからだ。 1960年代にはスタンレー・ミルグラムによる実験が行われた。その実験では、多くの普通の参加者が、権威のある人物に指示されると、致命的なレベルの電気ショックを他者に与える気を見せた。 ミルグラムの実験は、ハンナ・アーレントの「悪の陳腐さ」の概念と見事に合致する。この概念は、普通の人がホロコースト(ナチスによるユダヤ人大虐殺)の残虐行為の積極的な参加者になりえた理由を説明しようとするものだった。