昔は「まずいもの」がいっぱいあったーー「天才」プロデューサーが憂う、保守化する食のトレンド#昭和98年
街の飲食店は、時代を映す鏡だ。グルメブーム、コロナ禍を経て、日本の飲食業界は目まぐるしく変化している。食そのもののレベルは高水準に達し、外国人客が日本に美味を求めて押しかける一方で、日本の若者たちは飲酒を好まず、チェーン店の味に安心感を覚える-----。令和の天才飲食店プロデューサーと称される稲田俊輔(53)は自らも料理人でありながら、チェーン店から珍店まで好奇心のおもむくままに食べ歩き、「日本の食の現在」を静かに俯瞰している。稲田は言う、「オモウマい店は、はっきり言ってライバル」。(取材・文:山野井春絵/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース オリジナル特集編集部)
最近特においしいと感じたもの=養命酒
南インド料理専門店「エリックサウス」のオーナー料理人、稲田俊輔は、天才飲食店プロデューサーとも称される、飲食業界のカリスマ。というと、さぞかしキレキレの、どっちかいうとバブリーな男性を想像されるかもしれないが、実際は穏やかな印象。どこか、学者のような雰囲気もある。近年は著述業にも精を出し、作家としての活躍もめざましい。 その経歴は、実にユニークだ。 京都大学経済学部に進学し、一時はミュージシャンを目指すも諦めて、大手飲料メーカーに就職。営業で飲食店を回ったことをきっかけに飲食業界に転職し、創作和食料理店などで働いた後、起業。「エリックサウス」のほか、和食店やデリなど、国内外に20店舗以上の飲食店を運営している。 「“天才飲食店プロデューサー”って。最高に胡散臭いですよね(笑)。飲食店プロデューサーという肩書は、なんとなく他に言い換えようがないからってことで、初期の頃からくっつけてるんですけど」 稲田といえば、「サイゼリヤ」を高評価するなど、SNS上でも話題を振りまいた。一流料理人たるもの、一流の店でしか食事をしない…のようなイメージを覆し、稲田はいつもいろんな店で飲食を楽しむ。「コース料理」を愛する一方で、ラーメン店やチェーン店、地方の有名無名店まで、稲田が足を運ぶ店には、ボーダーがない。 最近特においしいと感じたものを問うと、「養命酒」という思いがけない答えが。 「ちょっと前に風邪をひいて、全身の気力がなくなった時に、ふと思い出して、数十年ぶりに飲みました。こんなにおいしかったのか、これはクラフトコーラの味じゃないかって。シナモンやクローブを漬け込んだ、いわゆる漢方ですよね。そういえば、小学生のときも『シナモンと畳と仏壇をお酒に漬け込んだ味だ』と思ったなあ。同じ世界観だと。それでやっぱり、本当に元気になった気がして、なかなか印象的な体験でした」