70歳母の安楽死をきっかけに仏門へ スイス出身の古刹・高雲寺住職 ジェシー釈萌海さん 一聞百見
道場に通い始めて17歳ごろに黒帯を取得。その後、道場長として子供や大人に教えるまでになった。そんな中、本場の空手を経験したいと3週間の日程で初来日。片言の日本語で身ぶり手ぶりを交えながら各地で観光も楽しんだ。特に印象に残るのが、後に世界遺産に登録された熊野古道。今ほど観光客もおらず、1人で歩いて目にした風景はとても神秘的に映った。
帰国後も日本への思いは収まらず、平成16年に留学生として再来日した。京都市内の日本語学校に通いながら、居合道の世界に飛び込んだ。
「武道は自分の国にはないもの。スポーツとしてよりも、精神面。『道』を追求する部分にひかれました」
人生における「道」とも重なり、日本の伝統文化に神秘性を見いだすようになる。幅は広がり、自然の竹から作られて形や模様、音色と同じものが二つとない尺八にも魅了されていく。
一方、日本での生活に溶け込む中で、奇妙だと感じる場面にも遭遇した。例えば、結婚式はチャペルだが、子供が生まれたらお宮参りのために神社へ。亡くなった際には寺で葬儀を営むといった具合に、日本人の人生にはさまざまな場面で異なる宗教が介在する。スイスにはない「お守り」という存在も不思議だったという。
葬儀に参列した際に清めの塩を渡されたが、使い方を知らずパスタをゆでるときに使用し、周囲に驚かれたことも今では笑い話の一つだ。「まさかその後、自分が僧侶をやっているなんて思いもよらなかった」
僧侶への道を志したのは、日本に根差して十数年がたったころだった。読み書きもでき、流暢(りゅうちょう)に日本語を操るまでになっていたが、それでも「外国人だから無理だ」という言葉を幾度か投げかけられた。
「傷付くこともありましたが、むしろ『道を求めるぞ』と気合が入りました」。持ち前の強さで壁を乗り越え、今を生きている。
■住職の重責、喜び ともに学ぶ開かれた寺に
目の前に美しい海が広がり、日差しを浴びた水面が輝いている。「裏手には山が広がり、寺は私がいつも夢で描いていた質素な雰囲気そのものでした」。8月末から27代目として住職を務める高雲寺(こううんじ)(福井県敦賀市)。今年5月、初めて訪れた際の印象はまばゆかった。