AKBからYOASOBIの『アイドル』へ...なぜ時代は、萌えから「推し」に変わったのか
理想を体現する令和のアイドル像
音楽ユニットYOASOBIの楽曲で2023年に爆発的にヒットした『アイドル』には、「マリア」という単語が出てくる。『アイドル』はアニメ『【推しの子】』の主題歌として書き下ろされた曲である。つまり「推し」時代のアイドルの表象として、YOASOBIは「マリア」という理想を歌った。 「(聖母)マリア」という言葉に代表されているとおり、この曲は、完璧なアイドルだった星野アイはもとより、その子として生まれてきた星野ルビーも描き出しているのではないか。「一番星の生まれ変わり」であり、「マリア」であるアイドル。そんな母(アイ)の子として、生まれたときからアイドルになることを宿命づけられたのがルビーである。 ――もちろんそんなことは無理である。マリアの子として生まれてくるなんて、とうてい無理なはずである。しかしそんな理想を求められるアイドルは、理想を演じる嘘をつく、という曲の構成になっている。 つまり、YOASOBIは『アイドル』で「推し」とは理想の自己なのだと歌っているのだ。それは決して「萌え」の対象ではない。「推し」の時代に、「一番星の生まれ変わり」であるかのように、「歌い踊り舞う」アイドルを歌ったからこそ、YOASOBIの『アイドル』はヒットした。 一方で、元AKB48の指原莉乃がプロデュースするアイドルグループ「=LOVE(イコールラブ)」に『絶対アイドル辞めないで』(2024年)という楽曲がある。この曲は指原が作詞を手掛け、TikTokでは楽曲再生数一億回超のヒットとなっている。 本曲は「君(アイドル)の努力」と「私(ファン)の愛」でアイドルとファンの関係は成り立っているのだと歌う。「絶対アイドル辞めない」という達成されない理想(本楽曲ではアイドルはいつか卒業することが前提となっている)への願望を伝えながら、それでいてこの理想を「報われないおとぎ話」と締めくくる歌詞構成となっている。 平成にヒットしたAKB48グループの曲は「アイドルとファンの関係」を疑似恋愛に見立て、恋愛ソングを流行させた。一方で、令和にヒットした『アイドル』や『絶対アイドル辞めないで』は、「アイドルとファン」について、理想をともに追う関係として描き出している。アイドルが「萌え」の対象であれば疑似恋愛だったのが、「推し」であれば理想を追う仲間となる。 もちろん現代においても「推し」のなかに「萌え(好き)」の感情は入り込んでおり、「萌え」がなくなったわけではない。それ以上に、「応援=理想を追う行動」が加わっているのだ。だからこそ、スキャンダルのような理想が壊れる瞬間が悲劇的になりうる。 ――だとすれば「推し変」とは、理想という名のゴールをともに追わなくなったことを指す。「推し」は「萌え」と違って、一瞬の感情ではなく継続的な関係を求めるが、どうしても「報われない」場合はゴールを変更してもいい。アイドルファンにはそのような無言の前提がある。それほどまでにいまは、アイドルを好きになるときも「報われたい時代」と言うことができるのかもしれない。 【注】 *1:AKB48の場合は「一推し」「二推し」など、好きなメンバーが複数いる場合もしばしば存在する前提で、「最も推している(=最も応援している)メンバー」という意味で「推しメン」という言葉が使用されている。 *2:2018年に公開された映画『名探偵コナン ゼロの執行人』は、コナンシリーズのなかでも人気のキャラクター安室透が話題になった。本作を何度も観に行くファンのなかで、Twitter(現X)の「#安室透(降谷零)を100億の男にする(しようの)会」というハッシュタッグが流行し、興行収入100億円をめざそうとするムーブメントが起きた。 *3:レジー『ファスト教養』(集英社新書)は、高橋の発言をAKB48と新自由主義的な風潮の交差点として読み解いている。
三宅香帆(文芸評論家)