ハービー・山口の写真人生【後編:美化することなく生で伝えたい】
人生かけたテーマが入ってはじめて写真家として生きていける
まさしくその写真はツイッターで多くの人に見られたわけだが、SNS時代になって誰もが発信者となりスマホで写真を撮り世界に拡散できる。写真家のあり方にも変化が起きている。フィルム時代から叩き上げたハービーさんの目に、現在の環境はどう映るのか。 「メニューなんかの物撮りでも簡単なものならプロに頼まずレストランの人がスマホで撮って間に合ったりするわけです。プロがやってた仕事をスマホで出来てしまう。だけど自分なりに写真を築き上げた人は時代がどう変わってもそのレールを続けて行くことが出来るんだろうと思います。私、日本語しゃべりますよね。じゃ、落語家になれると思う? 誰でもカラオケで1曲か2曲歌うじゃないですか。だからって誰でも歌手になれる? 誰でも寸劇程度のことは出来るじゃない。じゃ誰でも俳優になれる? 誰でも文章ぐらい書けるじゃない。じゃ誰でも作家になれる? なれないですよね。写真は誰でも撮れるけど、じゃ誰でも写真家になれる?」 ハービーさんはそう問いかける。 「ゴッホが今生きていたとして『最近は絵の具もキャンバスもネットで簡単に買えるようになったな、俺そろそろやばいかな』と思いますかね? 夏目漱石が『パソコンで誰でも小説書けるようになったな。吾輩の仕事なくなっちゃうかな』なんて思ったでしょうか? その人なりに苦労して、その人なりに悩んで、その心をぶつけてきた道があるんです。ピアニストだっていきなり弾けるようになったんじゃない。人生からあぶり出た、しぼり出たテーマとか感性がある。どんなに写真を手軽に撮って発信できるようになったとしてもそれは機能の話です。撮った人の人柄とか人生をかけたテーマとか、そういうものが入ってきてはじめてその人は写真家として生きて行けるようになる、ということだと思うんです」
大切なことは自分なりの思想をちゃんと持っているか否か
ハービーさんのまなざしに熱がこもる。 「駅なんかで無人のピアノ演奏しているのがあるじゃないですか。鍵盤だけが動いてる。絶対に音符を間違えない素晴らしい機械だとは思うけど、それとピアニストの演奏が同じなのか。やっぱり違うんじゃないのか。一生かけて魂を込めて作り上げたものと機能だけを生かしたものとは違うかなと。スマホでも単純なものは撮れるし良いと思います。テクノロジーが進歩して入門しやすくなって、そこから才能が開花した例もあるでしょう。ただ、大切なのは単に要領よく写せることではなく底辺に自分なりの思想をちゃんと持っているか否かだと思います」 この不安定な現代社会にあって「被写体の明日の幸せを祈ってシャッターを切る」という気持ちを大切にしているという。昔からハービーさんが撮影した人はその後ビッグになるという話があるが、そんな思いがさまざまな良いことにつながるのかもしれない。そしてハービーさんは今もなお、時代の最前線で写真を撮っている。 (取材:志和浩司)