「ネットが国会を動かす」桜を見る会と検察庁法案の共通点 坂東太郎のよく分かる時事用語
世論が可視化された「検察庁法改正案」
もう一つは「検察庁法改正案」をめぐる一連の問題です。その発端である今年1月31日の閣議決定で、黒川弘務東京高検検事長の定年(満63歳)を6か月延長したことが「違法だ」と反発を呼び、政府と野党が国会で論戦していたのは主に2月でした。 3月13日、検察官の定年引き上げや「役職定年」などの特例規定を盛り込んだ検察庁法改正案が国会に提出されました。野党はおおむね「行政府の決定(=閣議決定)の疑義を後付けで覆い隠すための立法措置だ」と反発しましたが、当時は折からの新型コロナウイルス禍への対応が国会の焦点となっていたこともあって、大方の予想は「可決成立は確実」だったのです。 法案は5月8日、衆議院内閣委員会で実質的な審議に入ります。翌日のマスコミ報道も概ね冷淡で、これまで迷走気味の答弁を繰り返してきた森雅子法務相の出席を拒まれた野党各党が欠席する中、与党の自民・公明両党と日本維新の会の3党で質疑を行ったと淡々と報じるのみでした。 しかし、新聞各社で記者が記事を書いて紙面化されている最中の8日夜、ネット上ではとんでもない事態が進行していたのです。東京都内の30代女性が使い始めた「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグが支持を集め、多くの人がツイートして沛然(はいぜん)と広がり、未明にもかかわらず瞬く間に100万件を突破。10日午後1時頃には250万件、午後10時頃までに470万件を超え、翌11日午前10時頃には500万件に迫りました。女優の小泉今日子さん(自身が社長を務める会社のアカウント)や、歌手のきゃりーぱみゅぱみゅさん(公式アカウント)による投稿もみられました。 この時の野党は「何? 何? 今これを思い切りやっていいの?」と驚いた様子に見えました。法改正への反対が「不要不急」と批判されることを恐れていたところ、主権者にも反対の声はあり、法案そのものを「不要不急」と感じているらしい……。立憲民主党の枝野幸男代表は、さっそく国会でハッシュタグ「#検察庁法改正案~」の拡散を取り上げて「火事場泥棒だ」と難詰。攻勢を強めていくのです。 これに対し、政府の反応は鈍かったと言わざるを得ません。記者会見でハッシュタグの急拡大について問われた菅義偉(よしひで)官房長官は「ネット上にはさまざまなご意見があることは十分承知している」と述べたものの、「政府としてはコメントすることは差し控えるべき」とダンマリを決め込みます。その後も投稿の勢いは衰えず、11日午後8時には700万件直前にまで達したのです。 表向きは強気を崩さない政府・与党にも動揺が走り始めました。13日の内閣委員会で武田良太・国家公務員制度担当相があいまいな答弁を繰り返したことなどを理由に野党議員が途中退席すると、野党側が求めていたのにあれほど拒絶していた「森法務相の委員会出席」を容認し、15日に答弁させた後、委員会採決に持ち込む方針へ変更します。 この15日には、ツイッターの投稿はすでに1000万件を超えていました。もはや森法相が出席するかどうかというレベルではなくなっていたのです。この日、野党は事前通告なしで武田担当相の不信任決議案提出という奇策に打って出ました。大臣の不信任案は法案に優先して審議するとの慣例に基づき、委員会は散会。採決は翌週の19日へと持ち越されました。 与党側の不安・戸惑いはここでも明らかです。数の上では優勢なので不信任案を即日否決し、その日のうちに改正案の採決になだれ込むことはできたのに、翌週に改めたのですから。そして18日夜、安倍晋三首相が今国会での成立断念を表明しました。