モンゴルで伝統儀式を担う祈祷師たち、なぜか多いラッパーからの転身 儀式で天から降りてきたのは酒好きの陽気な“ご先祖さま”だった
修行は夢のお告げを元に独学だった。やがて「ラップの歌詞が、天から降りてくるみたいにすらすら出るようになった」。 「今のモンゴルは家族や教育の基礎が失われている」。恋愛や友情、家族や自然との関係まで、幅広い人間の感情をラップに託して歌っている。 記者として降霊と憑依を100%真に受けることはできないが、家族や友人たちは、祖先と信じる状態のムンフエルデネさんに悩みを聞いてもらい、共に笑ったり、泣いたりしていた。 モンゴル人の多くが遊牧民だった時代、真冬には気温がマイナス30度近くに達する厳しく長い夜を、そうやって心を温め合って過ごしていたのだろう。急速な近代化や核家族化が進む中、シャーマニズムが復活している理由が少し理解できた気がした。 ▽変化する社会 かつて社会主義路線をまい進したモンゴルは東西冷戦終結後、民主化と経済の自由化にかじを切った。世界有数の銅鉱山などの開発が盛んになり、2011年には実質国内総生産(GDP)が前年比17・3%増と、隣の中国すらしのぎ世界でトップレベルの経済成長を遂げた。
一方、急激な富の流入で貧富の差が拡大。政治家らの汚職も横行し、売春や麻薬、アルコール過剰摂取がまん延する。そうした現実に対する若者の反発が、社会的メッセージの強い音楽に共鳴しラップが流行した。 経済バブルの最中、10年ごろにはシャーマンブームが起きる。流行の原因は分からない部分が多いが、社会の変化に戸惑う庶民に頼りにされた。一時は2万人近いシャーマンがいたと推計されている。 やがて二つの潮流は融合した。 シャーマンでもある人気ラッパーの一人、42歳のナルマンダホも、ウランバートルのスタジオでインタビューすると、シャーマンとして活動することで「天からの啓示で、歌詞や歌のメッセージをスムーズに思いつく」と話した。故郷の民話を曲にした際は「民話に登場する蛇や巨木などのイメージがすらすらと歌詞になった」 祈祷とラップの関係については「人々に正しいメッセージを伝えるという意味で、両者は同じだ」と話す。「政治家ら1割だけが良い生活を送り、8~9割は貧困状態にある。ストレスを抱え離婚も多い。楽しみもない」