モンゴルで伝統儀式を担う祈祷師たち、なぜか多いラッパーからの転身 儀式で天から降りてきたのは酒好きの陽気な“ご先祖さま”だった
最初に呼び込んだのは、900年前に109歳で没したというムンフエルデネの祖先の男性だった。ご先祖は日本から会いに来た私とカメラマンを歓迎してくれた。 集まった家族らへのお告げに続き、私の悩み事も聞くという。促されるまま私はひざまづき頭を彼の膝に預けた。 うめき声とともに私の頭を撫でた“ご先祖”は、私の息子たちの育て方や年老いた母親への接し方のアドバイスをしてくれた。「家族の絆」や「思いやり」などがキーワードだったと記憶している。 気がつくと今度は、通訳の女性助手がムンフエルデネの前にひれ伏し、お告げを受けていた。間もなく涙を流し始める。彼女は後から「関係がぎくしゃくする父親とのことを相談していた」と話していた。 ▽火をむしゃむしゃと そんなやり取りの後、広い庭にみんなで移動して、今度は火の精霊を天から降ろす儀式が始まった。たき火の周囲にはモンゴルの地酒やチーズなど、伝統料理がお供え物として並んでいた。再び太鼓を叩き憑依状態に入ったムンフエルデネ。火の精霊となって、地酒を小さな杯で飲み干すと、たき火から火の付いた木片を取り出してむしゃむしゃと食べた。
続いて降りてきたのは、ムンフエルデネの別の祖先で父方5代前の男性だった。表情は頭の飾り付けの後ろに隠れ見えないが、ムンフエルデネの上半身は前後左右に揺れる。 87歳で没したという男性は、ユーモアたっぷりのご先祖だった。他の祖先や火の精霊が先に降臨したため「呼び出すのが遅い」と小言をつぶやく。家族が「遠路、日本から客人が来ている」と告げると、機嫌を直したようで、「天」での暮らしぶりを話してくれた。 地酒を飲んで、「天の方でもおいしい酒を飲んで楽しくやっているよ」と笑った。大の酒好きらしい。 2人目のご先祖が去り、素に戻って落ち着いたムンフエルデネにインタビューを続けた。「憑依中の言動は何も覚えていない」という。火の精霊を降ろしている最中には、確かに精霊の“好物”だという火の付いた木片を食べていたが、「やけどはしていない」と平然と話した。 ムンフエルデネが、シャーマンになることを決めたのは約15年前、既にラッパーとして活動していた10代の頃だ。自宅で夜中に何かの魂の訪問を受けた気がした。「魂の訪問は、シャーマンになる運命だからだ」。別のシャーマンからこう告げられ、決心した。