ロシア人移住労働者「戦火を避けて来たけれど、韓国の方がよほど戦場」
陰城労働人権センター、移住民22人の話を載せた本『私の名前は移住民』を出版
「屋内温度が45度の洗濯工場で20時間働いて帰ってきて4時間くらい寝たら、また働けと起こされました。戦火を逃れて来ましたが、こっちの方がよほど戦場です。これから安定した職場を見つけたい」 忠清北道陰城(ウムソン)労働人権センターが最近出した労働人権の本『私の名前は移住民』に出てくるある労働者の叫びだ。このロシア人労働者は昨年3月、ロシア・ウクライナ戦争を逃れてロシアのサンクトペテルブルクを経て韓国に来た。彼は現代自動車のロシア工場で働いていたが工場は閉鎖され、妻や弟夫婦と一緒に韓国に来た。京畿道安山(アンサン)などを経て陰城に定着した。 『私の名前は移住民』には、ウズベキスタン、モンゴル、カンボジア、マレーシア、ベトナム、中国、ロシア、ネパールの8カ国から来た移住労働者22人の話が掲載されている。彼らは全員陰城に住んでいる。彼らの話はパク・ソンウさん(27)など陰城労働人権センターの活動家たちが生々しく書き取った。 パクさんは「世界村と言われるほど多様な人々が暮らす陰城地域の移住民労働者の生活が気になりインタビューに取り組んだ」とし、「彼らに会って話す中で、彼らが『韓国人と一番長い対話をした』と言ったので胸が熱くなり、また申し訳なく思った」と話した。実際、陰城郡は先月末の統計で人口(10万4434人)の13.3%(1万3880人)が外国人だ。 本には「不法滞在」と烙印を押され影のように生きていく未登録移住労働者の話も出てくる。2016年にモンゴルから来たジャルガルさん(仮名)は「取り締まりにかかれば追放されるという不安の中で生きている」とし、「娘が韓国に留学できるようにしてほしいし、娘が大学を卒業するまで捕まらないことを願う」と話した。また未登録移住労働者であるベトナム出身のミナさん(仮名)とマレーシア出身のジホさん(仮名)は「ビザの心配をせずに両親と済州島に遊びに行くのが夢」と話した。 中国同胞で20年前に韓国に帰化し、移住女性などを助けながら暮らすオ・ソニョンさんは「移住女性たちはお金のために結婚したのかという言葉に多くの人が泣いている」として「国籍に関わりなく、互いに助け合いながら暮らせばより良い社会になるだろう」とつぶやく。 陰城労働人権センターは2022年11月、労働と人権、陰城地域の労働人権実態などを記録した『こんにちは、労働人権』に続き、昨年10月『忠清北道陰城郡の労働者が労働組合に加入すれば』という労働人権パンフレットを相次いで出した。陰城労働人権センターは30日、陰城郡セングク面の「トトリスプ(どんぐりの森)カフェ」で『私の名前は移住民』ブックコンサートを開く予定だ。陰城労働人権センターのパク・ソンウさんは「『私の名前は移住民』は労働力のために韓国に来た外国人労働者ではなく、私たちの隣人である移住民の率直な暮らしの話であり、訴えであり、願い」だとし、「この本が隣人である移住民に心を開くきっかけになることを期待する」と話した。 オ・ユンジュ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )