これが「モノづくりニッポン」の底力だ!還暦ライダー&技術者たちが挑む『世界最速のスーパーカブ』
もう1つは車体設計。空気抵抗を極限まで減らすために、静岡文化芸術大学(浜松市)の羽田隆志教授が用意した設計プランは、ソリ競技のスケルトンのような姿勢で乗車するのもの。 「ライダーの目の前がタイヤ。これで前が見えますか?」 面食らう近兼に、羽田は平然と答えた。 「どうせ伏せているから関係ないでしょ。横と下で確認してください」 前代未聞のスケルトン型バイク「NSX-51」は、レース本番でエンジンが始動しない予想外のトラブルに見舞われる。幸い、トライアル終了間際になって息を吹き返し、近兼は最初で最後のタイムアタックにすべてを懸けることになった。 ボンネビルの直線コースは、2マイル(約3200メートル)の加速区間の後、1マイル(約1600メートル)の計測区間がある。 エンジンのうなりとタイヤが地面を削る音がヘルメット内で鳴り響く。車体の激しい振動に気を付けながら、左ハンドルに装着された変速機でギアをチェンジする。 計測区間に入ると、息を吐いたまま我慢。息を吸うと背中が膨らみ抵抗が増すのだ。「イチ、ニ、サン…」と数えながら距離を測り、計測区間が終わるのを待つ。50のカウントと同時に顔を上げ、一気に息を吸い込む。
コース脇の公式計測員が親指を上げ、最高速をマークしたことを知らせた。 まだ安心はできない。復路でもう一度最速タイムを出して、初めて新記録として認められるのだ。 慎重に往路の動作を繰り返す。会場の観客も息をのんで見つめる中、フィニッシュ。平均時速101.771キロ、瞬間最高時速128.63キロ。やった、世界新記録だ! 歓喜の瞬間から少し経つと、無念さが湧いてきた。エンジントラブルのせいでアクセルを目いっぱい開けることができなかったし、たった1回しか走ることができなかった。もっとタイムを短縮できたのに……。来年こそ真価を見せつけてやる!
秋田・大潟村で非公式ながら世界最速を更新
ところが──。 2020年は、世界的な新型コロナの流行で大会が中止に。21年は、コロナによる海運物流の混乱でマシンの輸送が遅れ、レースのスタートに間に合わず。 悲劇は続いた。22年は、世界的な異常気象による大雨で渡米前に大会中止が決定。昨年は準備万端、マシンもスタッフも早々に現地入りしたところで、84年ぶりに南カリフォルニアに上陸したハリケーン「ヒラリー」の影響で、レースはキャンセルとなる。 1000万円以上の運送、渡航、滞在費を無駄にしての帰国。ネバーギブアップの精神とポジティブさが取り柄という近兼も、さすがに落ち込んだ。 この4年の間に、チームは新型マシン「NSX-52」を開発。カウリングをFRP(繊維強化プラスチック)から、より軽量かつ高強度のドライカーボンへ変更。フレームも新たに設計し、前後のアームはアルミ合金、ホイールはマグネシウム合金化され、19年モデルに比べ15キロ以上も軽くなっていた。 「走れさえすれば、世界最速記録の更新は確実なのに…」 そんな彼らに救いの手を差し伸べたのは、秋田県大潟村にあるサーキット「大潟村ソーラースポーツライン」だった。 大潟村は、かつて日本で2番目に広かった湖・八郎潟を干拓して生まれた村。同サーキットは、平坦で広大な地形を利用して1994年に完成。1周約25キロで、ほぼ全線にわたり平らな直線だ。 「次世代電池自動車専用道路」として、ソーラーカーをはじめとするエコカーレースや自転車競技、各メーカーの電気自動車のテスト走行に利用されているが、特別にガソリン車が走れることになったのだ。 昨年11月に行われたテストでNSX-52は、ボンネビルで近兼が出した世界記録を更新し続け、最終的に平均時速117.05キロと、非公認ながら世界記録を15キロ上回った。