「正しく理解していない専門家も多い」。今、免疫学の第一人者が「免疫の基本」の書を出版する理由
健康志向の高まりで「免疫力アップ」といった言葉をよく耳にする。また、新型コロナウイルスのパンデミックでは、集団免疫やワクチンなど、さまざまな形で免疫に関する話題が上がった。 その一方で、私たちの健康を守る免疫とはどのような仕組みなのか? そもそも免疫とは何を意味するのか? といった基本的な理解は、人によってバラバラでとても曖昧なようである。 そんな中、大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授で、日本免疫学会元会長の宮坂昌之氏が、免疫学の最新の知見をもとに、免疫の「きほんのき」を解説する新刊『あなたの健康は免疫でできている』(インターナショナル新書)を出版。なぜ今、免疫の基本なのか、インタビューした。 * * * ■科学的リテラシーを身に付けてほしい ──長年、研究者として免疫学の最先端を歩んで来た宮坂さんが、改めて免疫学の基本を、一般の読者にもわかりやすく、一冊の本にまとめてみようと思われた理由は? 宮坂 大きく分けてふたつの理由があります。まずひとつは、新型コロナのパンデミックです。2019年に新型コロナウイルスという新しい病原体が現れて、それがあっという間に世界的な流行を引き起こし、今もウイルスはわれわれの周りにいます。 世界中であれほど多くの人たちの命を奪ったウイルス(死者数は全世界で公表されているだけで約700万人、実際は2000万人以上ともいわれる)ですから、当然、多くの方々が「怖いな」と思ったでしょうし、実際に一種のパニック状態に陥った人もいた。 そうした中で私が強く感じたのは、一般の人はもちろん、医師や研究者など、いわゆる「専門家」を自認されている人たちですら、免疫学、特にウイルスに対する免疫についてはしばしば正しく理解されていなかったということでした。そのためだと思いますが、感染状況について必要以上に煽ったり、逆にあまり大したことないとした「専門家」たちが出てきました。 例えば、感染症学やウイルス学、細菌学などは、私が専門とする免疫学とすぐ隣り合わせにある学問ですし、疫学は感染源、感染経路を推定してクラスター(感染者の集団)を見つけるのに必要な学問です。これらの領域の方々は、本来はコロナ禍のようなパンデミックでは免疫学に関する理解を正しく持つことが必要です。ところが実際は正しい理解ができていないことが多く、それによる新型コロナに関する誤解、分断や議論のすれ違いが少なくありませんでした。 その背景には、免疫学がこの10~15年ほどの間に急激な進歩を遂げたということもあると思います。ほかの分野の専門家の方はもちろん、実は免疫学者の一部でも、最新の知識、知見へのアップデートができていない人がいます。そうした状況をなんとかしたいと考えたのが、本書を書こうと考えた理由のひとつです。初心者向けに平易でわかりやすい表現を心掛けながらも、随所に免疫学の最新の知見を取り入れて紹介するようにしました。 もうひとつの理由は免疫学自体が社会の中であまりよく知られていないという事実です。マスコミの方々もあまり免疫学の知識をお持ちではありません。そんなことから、より幅広い一般の方々に免疫学の基本を正しく理解していただきたい、またそれを通じて健康や医療に関する科学的なリテラシーを身に付けていただきたいと考えました。