遭難者のバックパックからは「未使用の防風・防寒着や食料」が出てくる…じつに、あなどれない「低体温症」…「夏でも」起こりうるワケ
登山人口は年々増加の一途をたどり、いまや登山は老若男女を問わず楽しめる国民的スポーツになっています。いっぽう、登山人口の増加に比例して山岳事故も増えており、安全な登山技術の普及が喫緊の課題となっています。 【画像】夏と冬の心拍数…こんなにも違う。熱中症の兆候も 運動生理学の見地から、安全で楽しい登山を解説した『登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術』(ブルーバックス)から、特におすすめのトピックをご紹介していきます。 今回は、低体温症の起こるしくみや備えについての解説をお届けします。 *本記事は、『登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
7月なのに…夏山で起こった低体温症遭難
身体の中心部の体温が35度に下がっただけでも低体温症に陥るということは、見方を変えれば、外気温が零度以上でも起こりうるということです。都会でも、気温が 10度以下になると、低体温症の事故が増えます。 また水に漬かる場合には、水温が20度以下であれば危険性が高まります。暴風雨の中でずぶ濡れのまま行動している場合には、水に漬かっているのと似た状況にもなるので、そのときの気温が20度以下であれば要注意です。そしてこのような状況は、夏山であっても起こるのです。 その典型例として、2009年7月に北海道のトムラウシ山で起こった、低体温症の遭難を紹介します。18名のツアー登山パーティが、前日に泊まっていた避難小屋*から風雨の中を出発し、早い人では1時間後、他のメンバーの多くも5時間後には低体温症に陥り、行動不能となりました。その結果、8名が死亡しました。同じ日に、近くの山域でも2名が亡くなっています。 *ヒサゴ沼避難小屋。前々日の白雲岳避難小屋泊に続いて、山行の2泊目だった。 この日の気象状況は次のようなものでした。気温は、朝から昼過ぎにかけては6度前後、夕方には4度以下まで下がりました。風は、平均風速が15~18m、最大風速はしばしば20mを超え、小型の台風なみでした。雨は、終日降っていたわけではないものの、最初の2~3時間は雨に打たれて歩き、その後も強風をともなった霧雨によって衣服が濡れてしまう状況でした。 このような場合、身体には次のようなことが起こります。低温により筋が冷やされると、筋力の低下が起こります。台風なみの風に逆らって歩けば、登山というよりは格闘技のような激しい運動をすることになり、乳酸の蓄積による疲労が起こります。激しい運動をすることで、エネルギー源である炭水化物も短時間で枯渇し、筋を動かせなくなります。 こうして身体が疲労困憊の状態になると、運動を続けて筋に熱産生をさせることもできなくなり、寒さに対して無抵抗な状態となります。そこに追い打ちをかけるように、寒さ、濡れ、風という3つの悪条件が体熱を奪うのです。夏山でさえ、悪条件下では1時間くらいで低体温症に陥り、動けなくなってしまう場合もあることは重要な教訓です。