騙されて「インドで出稼ぎ売春」したのに帰国後は「醜業婦」と蔑まれた26歳女性…明治時代の「からゆきさん」を探る
トナのお墓を探して…
貴重な話をしてくれた男性にお礼を言ってから、私は地区の墓地へと向かった。もしかしたらトナの墓があるかもしれないと思ったのだ。墓地は水田を抜けた先の山裾にあった。集落の民家は少しでも日差しを得ようと、南に向いた斜面に密集しているが、墓地は北向きの斜面にあった。 墓石を見ていくと、多くがトナと同じ相川姓だった。先ほどの男性によれば、明治時代になって平民も姓を名乗るようになった際、相川姓の地主から姓をもらった小作の人々が多かったからだという。 すべての墓を見てまわったが、墓碑にトナの名前を見つけることはできなかった。山に囲まれた阿品の集落の様子は、おそらく彼女が生きていた時代と大きな変わりはないだろう。国や人の生活は変われど、山河の様相は悠久の時の流れとともにある。人の営みの儚さを感じずにはいられなかった。 八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年、神奈川県横浜市生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランスとして執筆活動に入る。世間が目を向けない人間を対象に国内はもとより世界各地を取材し、『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で第19回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『黄金町マリア』(亜紀書房)『花電車芸人』『日本殺人巡礼』『青線 売春の記憶を刻む旅』(集英社文庫)『裏横浜 グレーな世界とその痕跡』(ちくま新書)『殺め家』(鉄人社)などがある。 協力:辰巳出版 辰巳出版 Book Bang編集部 新潮社
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