「知っていれば授かる可能性が上がる」ダイアモンド☆ユカイが男性不妊治療の経験を発信する理由 #性のギモン
今年10月、不妊治療の保険適用範囲が拡大されて半年が経った。金銭的ハードルが低くなることで、子どもを持ちたいという人々にとって、有効な不妊治療の選択肢が広がった。男性不妊治療を経て子どもを授かったダイアモンド☆ユカイさんは、当時は保険適用の範囲も狭く「肉体的・精神的・金銭的負担の三重苦だった」と振り返る。そんな経験を講演会などで積極的に発信し、若い世代にも男性不妊について広く周知したいと活動するユカイさんに、当時の心境や今の思いを聞いた。(Yahoo!ニュース Voice)
45歳で無精子症と診断「もう1人の俺がいなかったら検査は受けなかった」
――男性不妊の診断を受けたのは何歳の頃ですか。 ダイアモンド☆ユカイ: 無精子症と診断されたのは45歳ぐらいの時だったかな。妻が産婦人科で「自分の体を調べたい」と言うから、付き添いで近所のクリニックへ行って、俺も検査を受けたのがきっかけだった。 俺は今の妻と出会う前に一度離婚していて、「自分は結婚には向いていないな」「別に子どもなんて」と思っていた。そんな俺がなんで検査を受けたかというと、これを言ったら頭おかしいんじゃないのと言われるかもしれないけど……。俺の中では、ロックスター“ダイアモンド☆ユカイ”という人間と、本名の地味な“田所 豊”という人間が、真っ二つに分かれているんだよね。 “ダイアモンド☆ユカイ”はめちゃくちゃ不良で、机をひっくり返したり、“田所 豊”にはできないことをやってくれる。一方で“田所 豊”は公務員の息子だから、もう真面目でさ。一人っ子のせいか、兄弟がたくさんいるようなアメリカの大家族に憧れがあった。ファミリーを求めていたんだろうね。妻の不妊検査には“田所 豊”として付いて行った。“ダイアモンド☆ユカイ”側の俺はというと、男を売りにしてきた20年間、自信満々なわけだよね。正直「そんな検査なんて」という感覚もあってさ。“田所 豊”がいなかったら、たぶん検査は受けていなかったな。 検査の結果、妻の体は異常なし。一方、俺は無精子症と宣告された。診断結果を聞いた時は、「腹が痛いとか、体調が悪いとか一切ないのに、無精子症? なんで俺が⁉」と、診断結果が信じられなかった。そして、神様を呪ったね。“田所 豊”が“ダイアモンド☆ユカイ”と折り合いをつけてやっと家庭を持とうとしている時に、神様はなんてことしてくれるんだ、というのが俺の気持ちで、落ち込んで声も出なかった。