森林出現が環境を破壊?デボン紀生物大絶滅―「最古の木」の化石探求(下)
デボン紀後期の太古環境
木の初期進化が、爆発的にデボン紀後期に起こったのは間違いないようだ。この事実は当時の生態系や太古環境を探求する上で非常に興味深い。 デボン紀後期は、実は生物史で五本の指に入る規模の「大絶滅」が起きたことで知られている。特に三葉虫やサンゴの大半のグループが壊滅的な被害にあった。板皮類(Placodermi)という当時の世界各地の海洋に生息していた、大型のトッププレデター(今日のサメのような捕食者)は全て滅んだ。海生生物が大きな被害にあったことが知られている。 この「デボン紀後期大絶滅」の原因は諸説ある。今のところ地球規模での「寒冷化」が最も有力な仮説と考えられている。加えて「火山の噴火」「大隕石の衝突」「海水の汚染」「大気中の酸素の急上昇」なども、有力な仮説としてよく議論される。 デボン紀末にかけての1300万年くらいの間に、たくさんの生物グループが大絶滅にまきこまれ、生物相の容(かたち)が大きく変化をとげていった。しかし、このような一見生物にとって過酷に映る状況の下、地上の大きな樹木達は、ゆうゆうと大陸の枠を越えて拡散し、森林としてのユニークな生態系を実現させた。 デボン紀後期の、一見、地球史上に記録されるほどの過酷な環境変化が起きていた間、樹木は爆発的に、急激に進化を遂げた。その秘密とははたして何だろうか? 先のデボン紀後期の大絶滅にあった犠牲者(生物)の姿をみていると何かヒントがあるようだ。浅く温かな水(海)環境に生息していた様々なグループの生物が、たくさん被害にあっている。こうした海生生物にグローバル規模でダメージを与えた「下手人」が、実は大量に陸地に進出した「樹木」、そして「森林だったのではないか?」という仮説が出されている(Algeo & Sheckler等1998など)。 ―Algeo, T. J., S. E. Scheckler, et al. (1998). "Terrestrial-Marine Teleconnections in the Devonian: Links between the Evolution of Land Plants, Weathering Processes, and Marine Anoxic Events [and Discussion]." Philosophical Transactions: Biological Sciences 353(1365): 113-130. 広大な地域に見られる森林、そして先に紹介した豊富な土壌は、ミミズやバクテリア、そして植物自身にとって最高の生活環境を創出した。(五つ星ホテルの高級スイートルームでもこうはいかない。)しかし地中深くまで樹木の根によって耕された大地、そして生産された「膨大な量の土壌」は、風雨などによって簡単に流されあちこちに撒き散らされた。 当時の河川が大量の土砂を海まで運んだ証拠があがっている(Gibling & Davis 2013)。海中に漂う大量の土壌(土砂)は、当時の全ての生物にとって全く目新しい「異物」だった。海生生物たちはどのように対応していいか分からず、壊滅的なダメージを被った可能性も、一部の地質学者・古生物学者たちから指摘されている。水中に含まれた酸素が急激に低下したシナリオもあわせて出されている。(多くのプランクトンがまず犠牲になる。こうしたものに生を支えられていた動物たちが、続けて絶滅に陥ったというわけだ。) その真偽はともかくとして、森林のスケールの大きさを示す興味深い壮大なストーリーに私には響くがいかがだろうか? そして、森林の巻き起こしたもう一つの大きな影響は、「大気環境」にも現れたようだ。 デボン紀の後半に入ると、二酸化炭素の濃度が急激に下がったパターンが、多数の地質学者たちから指摘されている。(ちなみに二酸化炭素は、現在の地球環境において「鍵となる気体」 ── いわゆるグリーンハウス・ガス ── として知られている。車や工場などから大量に排出された二酸化炭素が、温室のようにポカポカと暖かな日の光の熱を閉じ込め、「地球の温暖化」の一大原因になっているとするアイデアだ。どなたも耳にしたことがあるかもしれない。) どうもデボン紀後期の大気中において、急激に減った二酸化炭素(そして増加した酸素)の濃度は、樹木と森林の大進化と密接につながっていたのではないだろうか? 植物は光合成の過程によりCO2を取り込みO2を排出する。もし、この記事を通して紹介している「デボン紀後期の急激な地球の森林化」がグローバル規模でおきたなら、「環境の大変化」を促進してもおかしくないだろう。 現在の深刻な環境問題における「クリーン化のシンボル」としての樹木。しかし、その出現当時、多くの生物と環境において必ずしも「歓迎されていたわけではなかった」可能性がある。(何とも皮肉なものだ。)私たちはデボン紀後期以来、3億8千年以上の時を経て耐え抜いてきた地球そのもの、そして多くの生物たちの犠牲をとおして、今日、森林からの恩恵を享受しているようだ。 「木を見て森を観る」 ── 古生物学者や地質学者達は、デボン紀の木の化石を目の前に、このような壮大なストーリーに想いをはせて研究に励んでいる。