【バイク短編小説Rider's Story】あれから九年、あなたとオートバイに出会った入広瀬
────────── あれから九年、只見線と私たちの今 ────────── 私たちは湖上レストラン鏡ヶ池で、あれから九回目となるお昼を食べ終え、店の外へ出た。雨はすっかり上がって、青空が広がっていた。クシタニコーヒーブレイクミーティングも終了時刻を過ぎたようで、片付けを始めていた。 「入広瀬駅まで歩かないか」 夫の提案に私は頷いた。東へ向かって並んで歩いた。十分もすればJR只見線の入広瀬駅に着く。到着した駅でポスターを目にした。 《2022年10月1日、約十一年振りに全線運転再開》 今から十一年前、震災と新潟・福島の豪雨災害の影響で会津若松駅から新潟県魚沼市の小出駅を結ぶこのJR只見線は、路盤や橋梁が流失し、ほとんどの区間で運行ができなくなった。私が初めて入広瀬に訪れたのは、その二年後のことだ。大部分の区間で運行ができていたが、それでもまだ不通区間があった。 2022年、最後の不通区間が開通し、只見線は十一年振りに全線運転を再開した。つい一週間前のことだ。 夫の顔を見た。よかったよな、というような笑みを見せた。私もよかったと思った。そして、あなたと出会えてよかった、としみじみ思った。 道の駅いりひろせまで戻ってきた。オートバイが停めてあるところまで来ると、ヘルメットを被ったり、グローブを嵌めたり、帰宅の準備をする。これから私たちの自宅のある埼玉県まで走って帰るのだ。 「ねえ。初めて会ったとき、二人乗りで熊谷まで乗せてくれたよね」 私は夫に声をかけた。続けて聞いた。 「長岡にヘルメット取りに行ったでしょ。クルマは無かったんだっけ?」 「え?」 「あのときクルマに乗り換えてくるのかな、と思ったから……」 少し困った表情をして「無かったかも」と小さな声で言うと、夫はシフトを落としてスロットルを捻った。私が何か言う間もなく、夫は道の駅の出口へ向けていってしまった。私もオートバイであとに続く。 はぐらかされた感じがした。 でも、それでいい。それがあって今があるのだから。 あなたは、クルマが無かった。 私は、白まんま定食を食べたかった。 そういうことで。 <おわり> 出典:『バイク小説短編集 Rider's Story オートバイの集まる場所へ』収録作 著:武田宗徳 出版:オートバイブックス
武田宗徳