【バイク短編小説Rider's Story】あれから九年、あなたとオートバイに出会った入広瀬
────────── 九年前、JR只見線で ────────── 夫と初めて会ったのは今から九年前の2013年だ。あのときはまだ、オートバイのことを何も知らなかった。 二十五歳だった私は、自宅のある埼玉県熊谷市から一人電車を乗り継いでJR只見線というローカル線に乗って来ていた。写真好きなら一度は乗りたい全国屈指の秘境路線だ。 当時は土日出勤の会社に勤めていた。土曜日のあの日は、珍しく社長が休暇をくれた。確か先週まで世間では三連休が二回続いていて、長い繁忙期が少し落ち着いた頃だった。 疲れていたのだと思う。お客様のクレームが立て続けに起こり、後輩たちからも不満や文句が出た。それらを解決したり聞いてあげたりして、いつになく体力も気力も使っていた。 少しの間だけでもいい、仕事のことから解放されたい、とそのときは思っていた。 JR只見線は、福島県の会津若松駅から新潟県魚沼市にある小出駅までの豪雪地帯約135kmを結ぶ鉄道だ。《紅葉の美しい路線》全国第一位に選ばれたり、《世界で最もロマンチックな鉄道》と言われたりする全国屈指の秘境路線だ。 「有給を合わせて連休にしたら?」と社長は言ってくれた。「写真を撮るのが好きなら……」と只見線の存在を教えてくれたのも社長だった。 良いタイミングだった。煩わしいことを少しの間忘れたくて、私は自宅のある熊谷市から電車を乗り継いでここまで来た。《道の駅いりひろせ》はJR只見線の入広瀬駅から歩いて行ける距離にあった。 道の駅いりひろせにくると、駐車場にたくさんのオートバイが停まっていた。あの日は、たまたまオートバイのミーティングイベントが開催されていた。 一台のオートバイに目が留まった。鮮やかで美しかった。森の木々を背景にくっきりときれいに見えた。写真を撮りたくなった。近くから、遠くから、右から左から、そのオートバイをジロジロ見ていたのだと思う。振り返ると背の高い男性がすぐ後ろにいた。 「バイク好きなんですか?」と声を掛けてきた。このオートバイの持ち主だった。 オートバイのことを何も知らない私に、彼はお昼を奢ってくれた。さらに電車に乗り遅れた私を、小出駅まで送ってくれるという。彼は自宅のある長岡市に戻った。クルマに乗り換えてくると思ったら、ヘルメットをもう一つ持ってきた。 小出駅までという約束だったけど「やっぱり上越新幹線の停まる浦佐駅まで行く」と言ってくれた。生まれて初めてオートバイの後ろに乗った。オートバイを操縦している彼の後ろで風を切っていた。 「動かないで、荷物になったつもりで」と彼は言った。私はその通りにしていた。 浦佐駅が近づいてくると「高崎駅まで行こうか」と彼が言う。 「だったら熊谷まで」と口にしてしまった私。 結局、道の駅いりひろせから熊谷駅まで、彼と一緒に移動してきた。オートバイで。二人乗りで。 オートバイの楽しさを知った私は、その後一年も経たないうちに免許もバイクも手に入れた。そして、婚約者も。