「これはただの指導」企業で自覚のないパワハラが生まれてしまうワケ
2020年6月1日から大企業を対象に「労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)」が施行され、丸二年が経ちます。今年4月1日からは中小企業も含めて全面施行され、今や“パワハラ対策”はすべての企業にとって避けられない問題です。20年以上企業の労働問題に向き合い、現在は退職代行業務も行っている弁護士の嵩原安三郎さんは、「パワハラを行っている本人は、部下に業務の“指導”をしているつもりの場合が多い」と言います。そのような自覚のないパワハラはなぜ生まれてしまうのか、話を聞きました。(Yahoo!ニュースVoice)
退職代行依頼 約75%はパワハラが原因
私はもう20年以上弁護士をしているのですが、うち17年ほどは企業法務として労働問題を扱ってきました。退職を希望する社員の申し出を受け、その処理をすることもありました。ほとんどの場合、みなさん一身上の都合、もしくは家庭の都合などで辞めていくんですね。ところが、3年ほど前から「社員側の話も聞きたい」と退職代行の仕事を始め、相談を受けて詳しい事情を聞いていくと、かなり多くの方が「パワハラが原因で」とか「上司からこんなことを言われてつらくて」という理由で退職したいと言うんです。 私がこの3年間に対応した退職代行の件数は、およそ7000件です。改めて直近の1000件について分析をした結果、パワハラや、それに近い人間関係の問題が退職のきっかけになっているケースは、約75%にものぼるということが分かりました。
パワハラの原因は、指導者が“パワハラによる指導法”しか知らないこと
私は多くの企業で、パワハラ研修を行ってきました。研修で「こういう言動はパワハラに該当しますよ」「こういう時、気を付けてくださいね」と話をしても、ほとんどの人は心当たりがなさそうに、ふーんという顔で研修を受けています。しかし、その会社でパワハラが確認されていて、問題になっていると分かった上で研修を行っているので、心当たりがないはずがありません。 じゃあこの反応はどういうことか。当の本人達は自分の振る舞いをパワハラだと思っておらず、部下に業務の指導をしているに過ぎないと考えているんですね。「たまに行き過ぎたとしても、基本的には指導しているだけだし、言うことを聞かない従業員が悪いんじゃない?」と捉えている。このように、指導者が“パワハラによる指導法”しか知らないということが、パワハラが起こってしまう原因なのです。これは経営者や管理職によるものが非常に多いです。 また、2年目の社員から新入社員へ対するパワハラも、実は多く起こっています。新人指導に2年目の社員を使うというケースは少なくありません。2年目の社員は急に立場が変わり、人を指導する側になるので、自分が少し偉くなった気持ちに変わってしまうんですね。 とある営業部門の離職率が高いということで、1年目の新入社員に詳しい話を聞いてみたことがあります。すると「先輩が立っているとき、自分の立つ位置が左右まできっちり決まっている」「エレベーターのドアを押さえる高さも決まっている」など、会社独自のルールがあり大変だと言うんです。実際にそのルールを教えた2年目の先輩に話を聞いてみると「私も先輩に習ったんです。間違えると先輩に怒られたから、私も同じように1年目を叱りつけています。これは指導です」と言っていました。2年目の社員は、自分が意味も分からずに身につけてきた理不尽なルールを、同じように理不尽に新入社員に教えているんです。これも、誤った指導からパワハラが生まれる瞬間だと言えるでしょう。 さらに厄介なのは、「仕事は俺の背中を見て覚えろ」と職人気質な社員によるパワハラのパターンです。私の経験上、昔なら納得していた部分もありましたが、今の若い世代は非常に効率というのを重視します。基礎的な部分はきちんと教えてもらい、その上で自分なりに工夫していく方が早いという考えから「なぜこれをやるのですか?」と聞き、そこでハレーションが起きてしまいます。「背中を見て覚えろ」と言われて育ってきた人は、自分が人から教えてもらったことがないので、人に教えることもできません。「そんなことも分からないのか、自分で考えろ!」と、勢いで強めな言葉を言ってしまっても、悪気は一切ない。これもまさに、指導法を知らないがゆえに起こってしまうパワハラの一例です。