北朝鮮による拉致被害者・横田めぐみさん一家を追い詰めた “誘拐犯”からの電話、その正体は…?
「めぐみのことが本当に好きなら、お嫁さんにあげるから」
まもなく警察の方が逆探知の器械を持って入ってくると、静かに録音装置を取り付けました。 警察の方はしきりに「会話を延ばすように。頑張れ、頑張れ」というサインを送ってきました。 逆探知に時間がかかることはすでに警察の方から聞いていて、もしも誘拐犯から電話がかかってきたら、どんなふうに話を引き延ばすかを教わっていました。たとえば身代金受け渡しの場所がよく分からないと言って、相手に詳しく説明させるように、とのことでした。 しかし、男はまだ身代金を出せとは言いません。私は必死で言葉を探しました。 「あなたは、おいくつぐらいなんですか」 「年齢なんか、どうでもいい!」 怒鳴り声でそう言われると、恐ろしさと緊張で声がうわずってきましたが、私は何とか震えを抑えて男に話しかけました。めぐみはどこにいるのかと尋ね、めぐみの特徴を聞きました。男はそれに対して、新潟の駅前でめぐみと出会ったとか、めぐみを蕎麦屋で働かせているとか、かなり具体的に答えました。 刑事さんのほうを見ると、なおも「引き延ばすように」とのサインでした。 「あなたは、まだお若い方だと思いますけれど……何でそんなに若い身で、警察に追われるようなことをなさるんですか」 「人間はおおっぴらに生きられるほうがいいでしょう。めぐみのことが本当に好きなら、お嫁さんにあげるから、みんなで一緒に仲良く暮らしませんか」 私がそんなことを言うと、男はだんだんとしんみりしてきたようで、声も少し穏やかになり、こちらの質問にも答えるようになりました。しまいに、今夜9時に、500万と言ったか800万と言ったか、よく覚えていないのですが、それだけの身代金を用意して近くの日和山(ひよりやま)海岸に1人で持って来いと言いました。 私は、何とかお金の都合をつけて、必ず行きますと約束しました。 電話がかかってきてから、1時間ほど経っていました。1時間というのはあとで分かったことで、私はそれほど時間が過ぎたとは思いませんでした。