「菌の力で生き抜く強さが必要」eatrip・野村友里が発酵料理が評判のオーベルジュへ[FRaU]
「佐々木さんの料理は酸味に奥行きがあるんですよね。それは保温器などの機械をまったく使わず、自然に発酵させているから。そして自然な発酵は微生物がいる土で育った素材でしかできない、ということを聞いて納得しました。でも発酵と腐敗の見極めって難しい。時間や温度の数値だけで判断せずとも、おいしく提供できているのは、佐々木さんの感覚が鍛えられているからだと思う」と野村さん。
自然と対峙しながら稲作をしているうちに、酒や料理の発酵を見極める力がついているのだろうか。どぶろくを寝かせる時間や熟ずしを仕込むタイミングも、すべては経験による勘であり、糠漬けひとつとっても作る人によって味が変わるのだと佐々木さんは言う。
「発酵は自分の常在菌も大きく影響するから、新人スタッフだとうまく発酵させられないことも多いんです。それがここで暮らして、私が作った料理を食べ続けていくうちに腸内細菌が変わり、作る発酵料理もおいしくなっていく。私は曽祖母から代々、いろんな人が触ってきた家で育ち、自家製の味噌なんかを食べ続けてきているから、私が作る発酵食は最強なんです(笑)」
どぶろく造りを通して世界の土壌を健全に戻したい
自分が納得するおいしいものを作りたいという想いだけで一心不乱にやってきた佐々木さんだが、10年ほど前から新たな取り組みも始めている。 「長年、農作業と宿だけで手一杯でしたが、ようやく軌道に乗ってきて、スタッフも育ってきた。次のフェーズとして今後は、気候変動やフードロス、現代人の味覚の劣化といった問題に対して、一人の大人として行動していきたいと思っています」
佐々木さんが特に気になっているのが、近年の日本人の米離れや米農家の高齢化による減少問題。効率や採算性を重視しすぎている社会にも、危機感があると言う。 「問題は放っておくといずれ自分に還ってくる。米農家について言えば、今後は専業農家ではなく、飲食業などとの兼業がいいと思っています。私たちが米の収量を上げることに固執しないで済んでいるのは、醸造した商品がメインの収入源だから。これをひとつの解決策として、全国でどぶろく造りの技術指導もしていきます。私たちのどぶろくを造るためには、優良な菌を生み出す土壌細菌が必要。時間はかかりますが、田んぼの環境を、本来の健全な状態に戻す必要があるんです」 無農薬無施肥栽培を始めたことで、田んぼには爬虫類や虫、それを食べる大型の野鳥が戻ってきて、その糞からさまざまな野草が芽生え、蛍が飛び交う景色になった。自然の力を生かした発酵食や酒を日本中に広めることで、全国の土が健全になり、日本が活性化するかもしれない。佐々木さんはそう信じているのだ。野村さんは言う。 「そのポジティブな連鎖こそ、佐々木さんらしさなんだと思う。あの最初に飲んだときの、体に巡るような感動は、佐々木さんのエネルギーを感じたからなのかも。私も自分の仕事は、種を播くことだと思っているんです。それがいつか、いろんな場所で芽吹いて育っていくことを想像すると心強くなる。佐々木さんのどぶろくは、そんな種の一つなのだと思います」