発達障害の女性の未来を拓いた、「できることに光を当てる」eスポーツの可能性
eスポーツに取り組んだことがやる気につながった
河野さんは2019年3月、「就労サポートセンター GAMADUS(ガマダス)」(熊本県宇土市)に登録し、就労継続支援B型で就労訓練をスタート。作業委託先の海苔工場で、シーラー(袋詰め)や検品といった軽作業に従事した。 事業所と雇用契約を結び、最低賃金を上回る給料が保障される就労継続支援A型に対し、B型は障害の程度や症状に合わせて無理のない範囲での軽作業を行い、その対価として「工賃」を受け取る。自分のペースで仕事ができる反面、収入は低い。通院でのリハビリなどもあり、河野さんも当初は週2日の就労だった。 そうして1年ほど経った頃、「GAMADUS」では、施設を利用する人のリハビリやレクリエーションを兼ね、eスポーツを導入。これが河野さんのやる気を引き出すことにつながる。市販のゲームソフトを使った対戦だったが、小さい頃から自宅や母の実家にあったパソコンに触れ、高校でも使い方を勉強していた河野さんは、他の利用者より操作がうまく、認められる機会になったからだった。 「GAMADUS」で精神保健福祉士として彼女を担当してきた横山幸輝さんはこう言う。 「対戦に勝てば自信になりますし、負けると悔しさと共に『次は頑張ろう』という気持ちが芽生えます。B型での軽作業からできることを少しずつ増やして、一つずつクリアしてきたことも自信になったと思いますが、eスポーツに取り組んで他の利用者の方に応援されたり、点数が伸びたりすることで、萌さん本人のやる気につながった面もあると思います」 職業訓練としてタイピングや表計算ソフトを勉強し、2019年11月には熊本県代表としてアビリンピック(全国障害者技能競技大会)にも出場するなど、河野さんはもともといろんなことに挑戦する気持ちを持っていた。「できないことではなく、できることにeスポーツが"光を当てた"」(横山さん)のだと言える。
パンの販売を通じ、苦手だったコミュニケーションも少しずつ克服
そんな様子を見て、横山さんは就労継続支援A型への移行を提案。「GAMADUS」を運営するNPO法人「まちくらネットワーク熊本」(熊本市北区)が事業主体となっている「まちパンLab(ラボ)宇土店」のスタッフとして、パンの販売などを行うのが具体的な仕事だ。 河野さん本人は、「コミュニケーションは苦手だし、接客は自分に向いていないんじゃないか」と思ったが、母のえり子さんは「人と関われる機会だから」と勧め、昨年5月からA型に移行、現在は1日5時間、週5日、勤務している。 朝8時半に出勤し、同じA型の仲間と共に作業場を掃除したあと、職人が焼き上げたパンをひとつひとつ袋に入れ、複数ある販売先ごとにパンを仕分け、ランチタイムに間に合うよう、日によって異なる販売先へ出向いて販売する。通常は「GAMADUS」の職員も同行するが、今年の春からは、一人で売り場を任されることが増えた。 取材した日は、宇土市内の病院に併設されたグループホームを訪問。スタッフや利用者が前を通るたびに「パンはいかがですか?」「アイスコーヒーもご一緒にどうぞ」と声をかけ、「これは何のパン?」「どんな味?」という問いかけに丁寧に答え、時には次回来訪時の注文も受ける。 「最初はうまく対話できなくて難しかったです。でも、『このまえ買ったパン、おいしかったよ』と言ってもらったり、『次はこのパンを持ってきてね』と注文が入ったりするとうれしい」 商品と代金のやり取りやお客さんとのコミュニケーションもスムーズ。呼びかけの成果もあって1時間弱で60個ほどが売れた。 母・えり子さんはこう言う。 「今では仕事から帰ってきて『今日は何個売れたよ』と話してくれます。時には『お客さんに説明しなくてはいけないから』と、お店のパンを買ってきて試食したり、勉強のためにと他のパン屋さんの商品を買ってきて値段と味の感想を言ったりしていて、意欲的に頑張っている姿を見ると『成長しているんだな』と感じます」