音楽家で批評家の最強コンビが放つ、波乱の2020年代を生きるための対話―菊地成孔『たのしむ知識 菊地成孔と大谷能生の雑な教養』
すべてのカルチャーへ愛をこめて。『東京大学のアルバート・アイラー』『アフロ・ディズニー』の最強コンビが帰ってきた。音楽家・批評家の菊地成孔さんと大谷能生さんによる対話集『たのしむ知識 菊地成孔と大谷能生の雑な教養』が刊行されました。対談の一部を編集の上、特別公開します。 ◆ 夢グループVSゲンズ物語 菊地(以下K) 「夢グループ」って知ってる? 大谷(以下O) 通販の?(笑) K あそこのやってることって、若い音楽を聴かなくなった中高年に、往年のタレントがオールディーズポップスで夢を見せる商売なわけ。アメリカには昔からそういう商売があったけど、日本には懐メロ番組しかなかった。 O それが、今はそうじゃなくなってきた? K 団塊の世代が後期高齢者になる時代だから、需要がある。夢グループは芸能事務所だけど、例の通販番組で儲かってるからコンサートも豪華でさ。逆か? まあいいや(笑)。とにかく一つのパッケージショーで千昌夫と新沼謙治が観られるんだ。 O あの社長と女性歌手が出てくる番組ね。 K そう。俺は今、「夢グループ」って言葉で音楽家を捉えてる。「この人はそろそろ夢かな?」って。「夢」を判断基準にする。そうすると見えてくるものがある。たとえば(山下)達郎さんやサザン(オールスターズ)は一見するともう夢だけど、方舟派じゃん? サザンってライブの最後の曲を投票で決めてるんだよ。 O (笑)。 K 「十数年ぶりに『C調言葉に御用心』になりました~!」とかやってるわけ。 O あの人たちは昔からそんなことしてるからね。 K そうなんだよ。だから実は夢じゃない。矢沢永吉も夢じゃない。でも「これはもう夢かも」って人たちがいるのよ。 O たとえば? K TRFとか。サザンや矢沢より若いけど、もう夢。九〇年代に活躍した人たちはあるときから軒並み夢化すると思う。小山田(圭吾)さんはまだ夢じゃないけど、やがて夢になるよ。一回売れた限りは。 O 小西(康陽)さんはそれが嫌でああなったのかな。あのままピチカート・ファイヴを続けてたら、きっともう夢でしょ。 K 渋谷、夢だよね。 O 野宮(真貴)さんと一緒のままだと夢化しそう。そうなるのが嫌でピチカート・ワンなのかもしれない。 K つまり現代には、アイスとキャラメルに加えて夢という概念がある。いや、夢に行くのは、まったく悪いことじゃないんだけど。 O 悪いことじゃないよね。 K でも俺としては安易な夢化には抵抗したい。じゃあどうするか。夢に対抗するには「現実」グループを作るしかない。それを俺は「セルジュ現実グループ」と呼んでる。 O ダジャレじゃんか(笑)。 K 夢に対抗するには現実グループを作らないと、みんないつの間にか夢グループ化していくだけになるからね。そのぐらい夢はデカい。何たって無意識が見せてんだからさ(笑)。 O ゲンジでもいいんじゃない? セルジュ・ゲンジ・グループ。ゲンジ物語みたいな。光ゲンズ・ブール……ちょっと訛ってる(笑)。 K 夢かゲンズか(笑)。 O 「お前まだゲンズ物語だな」とか。 K でもホントの話、夢グループって二十世紀のサブカルチャーを総括する最大の概念だと思ってるのよ。「昭和歌謡」って言うじゃん。六十三年もあんだから無理だよ(笑)。この問題系も夢が整理できる。夢は現実を整理すんだからさ(笑)。 O 今はまだ夢グループ対ゲンズ物語で覇権を争う最中であると。 K 夢グループ対セルジュ現実グループ。 O 夢グループは今どんどん勢力を伸ばしてるよね。 K そこに解離は一切ない。世の中で一番解離しないのがノスタルジーだもん。 [書き手]菊地成孔・大谷能生 [書籍情報]『たのしむ知識 菊地成孔と大谷能生の雑な教養』 著者:菊地成孔 / 出版社:毎日新聞出版 / 発売日:2024年07月1日 / ISBN:4620328049
毎日新聞出版
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