「髪に問題を抱え、生きづらさを感じている人がたくさんいる」――ヘアドネーションから見える社会
美容師として社会に貢献できることは?
「単に利益を追求する美容室ではなく、何か新しい価値観を広めたかった」 12年前、日本で初めてへアドネーションに取り組む団体として、特定非営利活動法人ジャーダックを設立した代表の渡辺貴一さん(50)はそう言う。美容室を経営するかたわら、同法人を立ち上げた。いま、約92%の個人寄付とメーカーのサポートで運営されている。 「18歳以下にフルウィッグ(全頭用のウィッグ)を無償提供する」と決めたのには理由がある。子ども用の市販ウィッグはそもそも数が少なく、成長に合わせて作ろうとすると高額になるからだ。大手のウィッグ会社でも無償提供を行っているが、15歳以下をサポートしているところが多かったので、ジャーダックでは18歳までに広げた。 ウィッグ1体に、平均50人分の原毛が使われる。ジャーダックに届いた髪の毛は、髪質にかかわらずすべてまっすぐに加工し、脱色してナチュラルブラックに染め直す。これをアデランスのタイ工場に納品したら、現地の職人が丁寧に植毛する。
立ち上げてから1人目のレシピエントにウィッグを届けるまでに、3年弱かかった。当初は認知度の低さから寄付もなかなか集まらなかったが、2015年に俳優の柴咲コウさんがSNSで寄付を表明すると、10倍に増えたという。 現在は「賛同サロン」という仕組みを設け、ヘアドネーションに賛同するサロンをジャーダックのホームページに掲載している。加盟数は全国で2000店を超える。 「実際はどこのサロンでも、それこそ近所の行きつけの店でも、ヘアドネーションはできるんです」 ただ、経験がなくても対応するかどうかは美容師や店次第だ。また、これまで美容室が自主的に切った髪の毛を集めてジャーダックに送るケースもあったが、2020年7月以降、コロナの影響などを考慮して、ドナーが直接ジャーダックへ髪の毛を送るようにルールを変更した。
ジャーダックの認定講師である美容師の中庭廣明さん(43)は、渡辺さんから誘われたのを機に、美容師に向けた講習会を開いている。ベースにあるのは、多くのドナーと向き合ってきた自身の接客経験だ。 「ドナーにはさまざまな人がいます。生まれて初めて髪の毛を切るお子さん、結婚式や成人式など人生の節目に寄付する人、髪を伸ばすだけで社会貢献につながるなら、という人。それぞれの思いを大切にするため、寄付の理由を尋ね、事前に不安を取り除くように心がけています」 ただ短く切るだけではない。顔の形、骨格、髪質を見ながら、再現しやすいスタイルを提案する。「断髪」の瞬間を撮影して、プレゼントしたりもしている。 「通常よりもカットに時間がかかるから、経営的には非効率な場合もあります。でも技術力の向上にもつながるし、自分自身も貢献できる。美容師として大きなやりがいを感じています」