「髪に問題を抱え、生きづらさを感じている人がたくさんいる」――ヘアドネーションから見える社会
大切なのは、家族が100%そのままの本人を受け入れること
一方で、ヘアドネーションがブームのように広がることに懸念を示す人もいる。 「脱毛を隠さなければいけない、人毛100%のウィッグでなければいけないというふうに、患者さんや家族が追い詰められてしまう可能性があるのです」 そう指摘するのは、外見と心の関係を専門に研究する目白大学教授の野澤桂子さんだ。国立がん研究センター中央病院においてアピアランス支援センターの開設に取り組み、現在も週1日、臨床心理士としてがん患者のアピアランスケア(外見の変化に伴う苦痛のケア)に従事している。 野澤さんがケアの現場で感じているのは、「がん患者が抱える外見の悩みは、社会との関係性、人間関係の悩み」だということ。 10代でがんを経験したサバイバーの女性から、こんなメッセージを受け取ったことがある。 “私の外見への執着は、友達に治療前と同じように接してほしいという思いの表れだったと気づかされました。(中略)もし治療前と同じように友達との関係が続いていれば、容姿なんて大した問題ではない、そう思えたかもしれない” 「ご両親は子どもががんになるととにかく心配ですから、少しでも分からないように守ってあげたいと思うのは当然です。でも、長い治療期間、子どもは嫌な体験もあたたかな体験もします。外で傷ついた時にエネルギーになるのは、家族が100%そのままの自分を受け入れてくれていると感じられることです。親が率先して隠そうとすれば、『そんなに恥ずかしい病気? 恥ずかしい私?』と、子どもはもっと傷ついてしまうかもしれない。ウィッグはあくまで選択肢の一つ。『別につけたければつければいいけど、なくてもいいと思うよ。学校に帽子で行って先生に怒られるんだったら、私が文句言ってあげる』くらいのスタンスのほうが、子どもはきっと健やかに育つと思うのです」
また、「人毛」にこだわる必要もないという。 「洋服でも、シルクとかカシミヤは化繊よりも高いですよね。でも、必ずしも天然素材のものを着なくてもいいでしょう。それと同じこと。ウィッグメーカー数社も、15歳以下にウィッグを無償提供するチャリティーを行っています。提供実績数や届くスピードで考えれば、こちらのほうの情報ももっと広がってほしいですね」 ジャーダックが1年に制作できるウィッグは、予算的にも約150体が上限だ。毎年200人ほどが応募しているため、常に待機者がいる。 「がん患者さんと、脱毛症や乏毛症で悩む方ではウィッグへ求めるものが違うので一緒には論じられませんが、小児がんに限れば、これまでにジャーダックさんからの提供を受けられた患者さんは全体の1%程度。手元に届くまで1年から1年半程度かかることもあるため、届く頃には治療が終わっている場合も多い。ヘアドネーションは現実と乖離したファンタジーという面があるのです」 「それでも、ヘアドネーションが社会貢献の一つとなり、病気で悩んでいる人の存在を知ってもらえることには非常に価値があると思います。ただ、物事は多面的です。地味に定着する分にはいいけれど、ムーブメントになって誤解を生むと困ってしまいます」