【単独インタビュー】「机上の空論にならない」「逆に難しいことをしなくていい」冨安健洋が語るアーセナルの強みと適応力の理由
日本代表DF冨安健洋(アーセナル)は昨季、自身初となるUEFAチャンピオンズリーグ参戦に加え、プレミアリーグでは最終節までもつれ込む優勝争いを経験し、キャリアをさらに大きく前進させる1年を過ごした。ところが冨安によると、その1年を終えて感じているのは「何もタイトルを取っていない」という悔しさだという。 【写真】「いとこがSixTONESジェシー」驚きの告白をしたパリ五輪サッカー日本代表FW 『ゲキサカ』では今夏、シーズンオフで帰国中の冨安に単独インタビューを実施。ミケル・アルテタ監督のもとで進化を続けるアーセナルのスタイル、その中で冨安が見せてきた驚くべき適応力の秘訣、その挑戦を支えている妥協なきメンタリティーに迫った。 ――まずは昨シーズンのことを聞かせてください。アーセナルでのレギュラー争いの中、初めてのUEFAチャンピオンズリーグ、日本代表でのアジア杯出場などさまざまなことがあった1年でした。どのように総括していますか。 「良いことも悪いことも経験したシーズンだったなと思います」 ――良いことという点ではCL出場は大きなステップだったと思います。 「そうですね。CLデビューしたことも、ゴールを決められたことも、またアシストの数も僕のキャリアでは一番多かったので、そういったところは良かった面かなと思っています。ただ逆にケガもしましたし、結局アジア杯も含めてタイトルを一つも取れていないので、僕らが求めていたベストなシーズンではなかったという点も含め、良いことも悪いことも経験した感じでした」 ――ただ外から見ていた立場としては、アーセナルにとって無敗優勝を成し遂げた2003-04シーズン以来の水準となる勝ち点89を獲得し、なおかつ7年ぶりにCLを並行して戦っていたという歴史的なシーズンのように感じていました。そのステージは正直、なかなか想像ができないレベルなのですが、手応えはなかったのでしょうか。 「チームとしては前のシーズンと比べて補強もしましたし、明らかにチームとしての層も厚くなった状態でシーズンを戦うことができました。チャンピオンズリーグとプレミアリーグを並行しながら戦い、それもプレミアリーグも最後の試合まで優勝の可能性を残すことができたという意味では進歩かなと思っていて、でも結局は結果の世界なので、何もタイトルを取っていないというところにおいて満足はできないかなと思います」 ――補強という観点では、選手を獲得したからといってうまくいくものではないというのはスポーツの世界ではよくあることだと思います。その中でアーセナルはカイ・ハバーツ選手、デクラン・ライス選手といったクオリティーの高い選手が加わり、動的に支配するスタイルを推し進めることができ、さらに彼らの存在によって冨安選手の役割も大きく広がったように感じました。 「まず補強に関して言えば、アーセナルはクラブとして明確なものを持っているなと感じています。ただ数字とかデータで評価しているわけではなく、その選手のパーソナリティも踏まえた上で補強をしていて、本当にチームとして正しい方向に進んでいるなと思います。あとはアルテタ監督の存在も大きいと思いますね。新しく入った選手たちにできる限り早く、アーセナルのサッカー、アルテタ監督のサッカーを伝える、浸透させるというのは本当に彼の手腕だと思います。言われたとおり、ハバーツやライスがしっかりと1年間活躍しての勝ち点89という結果だと思うので、正しい方向に進んでいると思いますね」 ――冨安選手も同様にチームの幅を広げ、正しい補強選手となった選手のうちの一人だと思います。今季出場した試合ではライス選手の脇に入っていったり、時にはハバーツ選手が動いたスペースを狙ったりと、さらにプレーの幅を広げていた印象があります。自身の適応、成長についてどう感じていますか。 「まずはそれよりも戦術の浸透度がチームとして増したことが明らかにあると思います。やることがはっきりしているというか、(SBの)右でも左でもやることは変わりますし、その中で埋めるべきスペースが決まっていて、味方の立ち位置を見ながら変えていくところがあるというのは前のシーズンよりもうまく回ったかなと思います」 ――とはいえ個人に着目しても、試合によって役割を変えたり、時には試合の中でもポジションを変えたりと、こんなに幅広いプレーができる選手は他にいないんじゃないかという現地の記事を目にしたことがあります。世界のDFを見渡しても、とりわけ難しい役割を担っている選手なんじゃないかなと思いますが、そのような意識はありませんか。 「そうですね。あまり気にしていないです(笑)。たしかに言われたとおり、試合の中で右と左、役割を変えることもありましたし、ミーティングでは自分が今週どっちで出そうなのかというところを予想しながらではありましたし、練習ではセンターバックをするタイミングもありましたし、それぞれ役割が全く変わってくるので、難しさというわけではないですけど、どこを見ていたらいいんだろうというのはありましたけどね」 ――外から見えているような「この役割は冨安選手にしかできないだろう」という感覚は。 「いや、その感覚は全くないですね。むしろチームメートから学びながらやっている感覚のほうが大きくて、右だったらベン・ホワイトがやっていること、左だったらジンチェンコやキビオルもやっていましたけど、彼らは僕にないものを持っている選手だと思います。それを練習や試合の中で盗みながらやっている感覚のほうが大きいですね」 ――いまの話を聞いていて、日本代表が強豪国との戦い続けていた昨年9月、10月の活動中に「アーセナルに帰ったら厳しい基準があるので」という点をたびたび強調していたことを思い出しました。正直これも想像がつかない世界ではあるのですが、その基準とはどのようなものなのでしょう。 「当たり前の基準が違うというか、机上の空論にならないなというのは思っています。『ボード上でできても、それピッチ上ではできないでしょ』という考えがアーセナルの中にはないといいますか。だからアルテタ監督も選手たちに高いものを求めますし、実際にそれをピッチ上で表現するためのメニューが組まれていたり、コンセプトが分かりやすいようにミーティングで話してもらったりというのがあります。簡単なことをやっているように見えて、結構難しいことをやっているような感覚ですかね。でも僕は自分がというより、それは外から見ている時のほうが感じますね。レベル高いなと思います」 ――「簡単なことをやっているように見える」というのは、あたかも簡単そうにボールを前進させていくところにあると思うのですが、選手の入れ替わりや一人一人の役割・ポジショニングを見ているとそう簡単に見えない部分が大きいです。その境地はどうやってたどり着けるんでしょうか。 「まずは正しい立ち位置というか、アルテタ監督が言うサッカーの原理原則みたいなものをピッチ上で表現することができれば、逆に難しいことをしなくてもいいというか、だから簡単なように見えるのかもしれないです。ドリブルで2、3人かわしてとか、エグい縦パスを通して……というのはもちろんファイナルサードではありますが、他のチームと比べるとそんなにないように見えるかもしれません。だから立ち位置が大事だなと。自分のことを楽にプレーさせてあげるためにまずは立ち位置から入ることが大事だなと思います」 ――先ほど出た「机上の空論にならない」というのはサッカー選手が誰しも向き合うものだと思いますし、育成年代では「監督がああ言っているけど無理だよ」という声を耳にすることも多いです。それはどのようなプロセスで実現されているんですか。 「まず無理だよっていうのは言わないですね。やり続ければできるようになってくるだろうし、もちろんそれには時間も必要ですけど、トライアンドエラーを高いレベルのところでやっているなという感覚はあります」 ――チーム内の基準の高さに続いて、リーグの基準の高さについても聞かせてください。CLのノックアウトステージ、プレミアリーグの優勝争いは、ハイレベルな試合を常に勝ち続けないとタイトルに届かないというものになっているように思います。そのステージを経験できる選手は世界でも一握りだと思いますし、今までの日本代表選手も試合に出ながら経験した選手はほとんどいません。漠然とした質問ですが、どのような世界だと感じていますか。 「言われたとおり最後の何試合か、シティは一つでも引き分けたら僕らが優勝できるという状況でやっぱり負けなかったので、それは彼らの強さだと思います。彼らは優勝争いに慣れているので、だからこそずっとトップに君臨しているんだと思います。でもそういう環境の中でプレーできたのは間違いなくいい経験でした。ただ最後のほう、アジア杯が終わってケガをして、そこから復帰してからの10試合くらいは良い意味で中だけに集中していたというか、外への意識は全くなかったので、そのぶんしっかり集中してプレーすることができたなと思います」 ――そういったステージを経験し、今ではアビスパ福岡、シントトロイデン、ボローニャよりもアーセナルでの出場試合数が最も多くなりました。プレミアリーグに来てからのご自身の変化をどう感じていますか。 「まずサッカー観が変わりましたね。アーセナルに行って、アルテタ監督に出会って、サッカー観は間違いなく変えてもらったなと思っています。今まではより個人戦術でプレーしている感覚のほうが大きかったんですけど、アルテタ監督のサッカーを知って、よりチームで、11人でサッカーをするというサッカー観に間違いなく変わりました」 ――自身のプレーの幅を広げるということより、チームにフォーカスする時間が長かったですか。 「そうですね。プレーの幅に関しては、もちろん左サイドバックをやって中に入っていくというのはしていましたが、お手本はいるので。お手本の選手を見ながら、この時はああしているなとか見ながら、少しずつ自分の感覚を合わせていく感じでやっていましたね」 ――その一方、日本代表では活動期間が短いこともあり、チームの戦術を合わせていくトライが難しい側面もあると思います。ただ個人的に思うのは、6月に3バックをテストした際、冨安選手がチームに入ると全体の仕組みが前向きに変わるということです。そのあたり、アーセナルの知見を入れようとしている部分と、代表では別物と捉えている部分、どのようなバランスで取り組んでいますか。 「まずそれは良い悪いではなく、ただの違いなだけなので、代表のサッカーにネガティブな印象は全くないというのを前提として、僕は大きく分けると二つのやり方があると思っています。一つは戦術を浸透させてチーム戦術で戦って、その中で勝っていくというやり方。もう一つは選手の最大値を引き出して戦って、勝っていくやり方です。代表はどちらかというと選手の最大値を引き出しながら戦っていくスタイルだと思っています。そういう意味では森保さん(森保一監督)は選手の最大値を引き出す能力に本当に長けている監督だと思っていますし、あとは『森保さんのために』という気持ちを選手一人一人が持っていると思います。その中で、アーセナルで学んでいることを代表に還元できる部分はもちろんありますし、あとそれは僕だけじゃなく、それぞれのチームでやっていることを代表で少しずつ取り入れていけば、それが全てミックスされて良い方向に進んでいくと思います。また森保さんも常々言っているのは、日本人の良さはなくしちゃいけないと。それは僕も同じ考えで、いろんなチームでやっていて、いろんなチームの良さを取りながらも、日本人の良さである一体感、協調性というものをさらにミックスさせればより強い国になっていけると思います。なので、僕だからとかアーセナルだからというわけではなく、全員がそういう感覚だと思いますね。実際に他の選手と話している感じもそうですね」 ――昨年9月のドイツ戦以降、チーム内でそうした取り組みが進んでいるのを強く感じています。ただ各選手の知見をミックスさせたものを取り込むにあたって、やはり冨安選手が見えているものの影響は大きいのではないかという気もしています。あるYouTube企画で日本代表選手が「サッカーIQの高い選手」に冨安選手の名前を挙げることが多いことからも、そのことを感じています。 「それは僕というより、アーセナルのアルテタ監督だと思います。ハッキリしたものがあるからこそハッキリ言えるというのがあって、だから僕というよりアーセナルかなと思いますね」 ――面白いです。アルテタ監督に関してもう一つ聞きたいことがあるのですが、アジア杯での取材対応や記者会見で「相手に希望を与えない」「叩きのめす」といった強いメッセージを発する場面が多く見られました。それもアルテタ監督の影響が大きいと推測しているのですが、メッセージでチームを引っ張っていくという面での役割をどう感じていますか。 「これは当時も言ったと思いますが、別に僕としてはパワーワードで言ったわけではなく……(笑)。あえてこういうパワーワードを出して引っ張っていこう、みたいな気持ちはないですね」 ――ただ、アジア杯敗退後に「熱量」という観点から課題を指摘していましたし、前向きなエネルギーを与えようという意図は強く感じました。最後の質問ですが、今後の2年間、その点は冨安選手の役割も大きいように感じているのですが、いかがでしょうか。 「まず熱量のところは、はっきり言って難しい部分はありますよね。僕らは常に一緒にやっているわけではないですし、ああいった形のトーナメント制で、なおかつ一発勝負でというものを代表で戦う機会はほぼありません。普段はリーグ戦ですし、だいたい2試合やって解散してという形ではあるので。なので、難しい部分ではあります。またサッカー日本代表という括りではなく、そこには日本人としての国民性も関係してくるのかなというところまで行っちゃうので。勝負強さだったり、一つの物事にかける気持ちだったりは、頭どうこうではなく、生きてきた環境とかも関係してくると思うので、そういったところまで言い出しちゃうと難しくはなるとは思います。でもやっぱりやるからには勝ちたいですし、まずはチームの一員として自分自身ができる限りのことをやれればと思っています」 ――最後に長いシーズンを走り抜いてきたスパイク『DS LIGHT X-FLY PRO 2』について聞かせてください。 「やはりスパイクというのは一番大事な要素の一つだと思いますし、その中でアシックスさんにサポートしてもらいながら、本当に感謝しながらプレーしています」 ――長く過酷なシーズンを戦い抜くにあたっては、アシックスのスパイクを使用している選手から「きめ細かい対応をしてくれる」という点をよく耳にします。 「そうですね。間違いなくコミュニケーションを密に取れるところ、いい意味で遠慮なくリクエストできるところはあって、そのリクエストに実際に応えてくれることも多いですし、応えようという努力は間違いなくしてもらえるので、そういった信頼関係の中で僕らはやっています。また実際シンプルにスパイクだけ見てもクオリティーが高いので本当に支えてもらっているという感覚ですね」 ――今季はプレミアリーグに加えてCLでも経験を重ね、来季はそれぞれのステージで目標を叶えていくフェーズになると思いますが、どのようなシーズンを送りたいですか。 「やっぱりタイトルを取ってなんぼだと思うので、そのタイトルをこのスパイクと一緒に取れたら嬉しいです」