気遣いと精神力の人…コメンテーターが見たテレビには映らない小倉智昭さん「とくダネ!」最後の年の姿
フリーアナウンサーの小倉智昭さんが12月9日にがんで亡くなった。コラムニストの河崎環さんは「私は小倉さんの『とくダネ!』ラストイヤーとなった2020年度の姿を、レギュラーコメンテーターの最末席で見せていただいた。放送のたびに小倉さんの人柄に触れ、なぜ彼がそこに座り続けてきたのかを十分に説明してくれる『魂』のありようを垣間見て、震えた」という――。 【写真】小倉智昭さんは、「とくダネ!」終了後も、がんの闘病を続けながら精力的にメディアに登場していた ■巨星墜つ フジテレビ朝の情報番組「情報プレゼンター とくダネ!」メインキャスターを務めるなど、国民的な「朝の顔」として愛された小倉智昭さんが、8年以上に及ぶがんとの闘病の末、亡くなった。1992年放送開始の「ジョーダンじゃない⁉」、および93年放送開始の「どうーなってるの⁈」という平日昼前の2つの人気情報番組を数え入れると、小倉さんは総合司会者としてなんと29年にわたってフジテレビの午前中の顔を務めたことになる。 「とくダネ!」出演中の2016年に膀胱がんを公表、18年には膀胱を全摘し、「とくダネ!」終了後の21年秋には肺への転移を報告するなど、職業的な使命感もあったのだろうか、自身の病状を包み隠さず率直に伝えていた。闘病しながらも最後まで講演やメディア出演を果たし、驚異的な精神力と体力、そしてメディア人としての意気と粋を感じさせる方だった。 テレビ東京にアナウンサーとして新卒入社後、競馬実況などで人気を博し、その活躍ぶりを見た大橋巨泉さんにスカウトされる形で、あの当時としてはまだめずらしかったフリー転身を実現したエピソードはつとに有名だ。 その後ラジオ番組などでさらに鍛えられ、声音を使い分け流れるような話術と機転の速さで、フジテレビの帯番組MCの座へ。時に辛辣(しんらつ)だけれど、揺るがぬ信念やユーモア、他者への優しさをひたひたと湛えたトークに小倉さんの優れた人間性が表出していて、共演者たちはみな大きな信頼と親愛を寄せていたと思う。 私も、小倉さんの「とくダネ!」ラストイヤーとなった2020年度の姿を、レギュラーコメンテーターの最末席で見せていただいた一人だ。放送のたびにカメラの前で、あるいはフレームの外で小倉さんの人柄に触れ、なぜ彼がそこに座り続けてきたのかを十分に説明してくれる「魂」のありようを垣間見て、震えた。