「全身全霊で働くっておかしくないですか?」会社員が読書できるゆとりを持つためには――大事なのは、真面目に働く「フリをする」技術【三宅香帆×佐川恭一対談 後編】
京大文学部対談#2
大ヒット中の新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社)の著者で書評家の三宅香帆と小説『就活闘争20XX』(太田出版)の著者でカルト作家の佐川恭一。ともに京大文学部出身で大手企業での会社員経験もある二人が、苛烈な競争社会への違和感を話す。「全身全霊で働く社会」への問題提起へ――。 早くも13万部超の話題の新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』
本気のエリートはイジれない
佐川 『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』、ってすごいストレートなタイトルじゃないですか。明治時代から遡って読書と労働の関係が描かれていて、すごい興味深かったです。 僕も働きながら小説を書いてるんですけど、僕自身もあんまり本を読めていないんですよ。だから、この本で参照されている『花束みたいな恋をした』の麦くんに自分を重ね合わせる部分もあって。就職してからの麦くんの変貌ぶりは本当に衝撃でしたよね。 三宅 伝説のシーンですよね。虚無の顔でパズドラをする菅田将暉……。 佐川 読書はできなくても、パズドラはできるということで。それがなんでかっていうと、三宅さんの本の中では「ノイズ」がキーワードになってたと思うんですけど。読書ってノイズじゃないですか。フルタイムで長時間労働してると、ノイズを受け入れる余裕はなくなってくる面がありますよね。 三宅 そうなんですよ。特に厳しい競争を勝ち抜こうとすると、麦くんのようにならなきゃ生き残れないという側面もありますよね。佐川さんも一社目の大手損保は大変だったんじゃないですか? 佐川 いやあ、なんかもうすごくて。内定者研修のときから人事の人が「お前らは勝ち組や!」みたいな感じですごい煽って、研修の後の立食会場では京大のギャングスターズ(アメフト部)の同期が、内定者の輪の真ん中でブレイクダンスを踊り始めて。僕はもう端っこのほうで「とんでもない会社に入ってもうた」って……。 三宅 うわあ……。 佐川 それで入社してからも栃木の山奥の研修所でひたすら損害保険の勉強をさせられるんですけど、もうしんどすぎて。同期も陽キャだらけで、自己成長とか圧倒的成長みたいなのを目指してるんです。 僕は耐えられなくて、研修所の個室でずっと三島由紀夫の『金閣寺』と福本伸行の『最強伝説 黒沢』の1、2巻を読んでました。 三宅 持っていく本のチョイスがすごいですね(笑)。私はウェブマーケティングの部署だったんですけど、そこはわりと陰キャ寄りのムードだったんですよ。そのぶん、社内のプレゼン大会で陽キャ揃いの他の部署の人と会うと、もう全然ノリが違うんです。 発表中も他の部署のチャットが「がんばってー!」「応援してる!」みたいな書き込みで盛り上がってて、私たちの部署になるとシーンと静かになる……みたいな。 佐川 うわ、すごいですね。三宅さんもしんどくなかったですか?