「全身全霊で働くっておかしくないですか?」会社員が読書できるゆとりを持つためには――大事なのは、真面目に働く「フリをする」技術【三宅香帆×佐川恭一対談 後編】
「俺たちは競争を勝ち抜いてこの会社に来たんだ!」
三宅 会社は大学までと雰囲気が全然違いました。もう私は入社式のとき、空気が無理すぎて、同期の子にランチに誘われても「他の人に誘われて……」って嘘ついて一人でお昼食べてました。 社内では陰と陽がくっきり分かれてるんですけど、その中でもやっぱり大学も東京にずっといる人たちは意識の高さがちょっと違う気がします。 佐川 わかります、わかります。関西とはレベルが違うというか。大企業特有の勝ち組意識みたいなのが当時の僕にはキツすぎて。 みんなエリート意識が強くて、「俺たちは競争を勝ち抜いてこの会社に来たんだ!」みたいな。ほんまに冗談抜きで言ってるから、イジれないんですよね。 三宅 わかります! 「ギャグなのかな?」って思いますよね。きっとその方々は、これまでの競争がめちゃくちゃ大変だったんですよねえ。 佐川 人事や上層部も「トヨタや三菱商事を蹴ってウチに来たやつもおる!お前らの選択は正しかったんや!」みたいなことを言うんですけど、それを本気で信じてるやつもいるんですよ。もう4月1日に「無理やな」って思いましたね。三宅さんのところも、なかなかヤバそうですけど。 三宅 私の会社の研修でも、自分の叶えたい夢や目標をシートに書いて、それをもとに上司で面談するみたいなプログラムがありました。 私は自分の人生に満足してたので「現状に不満はないです」みたいなことを言ったら「いや、あるはずだ!」って言われて。最終的に「本のウェブマーケティングの未来を考える」っていう謎の目標を立てさせられました。 佐川 成長させたがりますもんね、会社って。 三宅 同期の子も「自分には頑張った経験がない……」とって泣き始めちゃってた。めっちゃ頑張る子なのに。うみたいなハプニングもあって。会社はやっぱり本人の不足を求めて、そこに成長を見出すものなんだなってしみじみ思いました。
大企業で一度は麦くんになっていた
三宅 ちょっと言い方が難しいんですけど、京大って留年してる人のほうがカッコいいみたいなノリが蔓延ってるじゃないですか、良くも悪くも。 関西全体に言えるのかもしれないですけど、エリート意識を丸出しにするのはダサいっていう雰囲気がありますよね。エリート意識を持っていないわけじゃないけど。 佐川 たしかに、むき出しのエリート意識は恥ずかしいみたいな風潮があって、そういうのを出すとイジられがちでしたよね。でも本物のエリート層と一緒になるともうツッコミ不在ですからね。 僕も同期は230人くらいいたんですけど、あまりにもやる気がなさすぎて。社内では、もうひとりのやる気のない同期とふたりで「東の鈴木、西の佐川」って並び称されてました。 三宅 東の鈴木もいるんですね。 佐川 鈴木くんは慶應出身で、東では珍しいやる気のなさで(笑)。やる気ない者同士で仲良くなったんです。で、研修中にふたりで競馬を観に行ったんですよ。 それでダラダラしゃべってたら鈴木が「俺、日本の損害保険ってすごいと思うんだ」って言い始めて。どうやら鈴木は「日本の損害保険制度をイスラム圏の国に広めたい」っていう夢があるらしくて。それで同期の中でも僕が最下位に転落しましたね。 三宅 鈴木!(笑) 佐川 「やる気なかったんちゃうんかい」って思ったんですけど。それで結局、僕は1年で辞めちゃったんで、麦くんにもなれなかったんです。 三宅 逆に、私は一度大企業で麦くんになってしまった感覚があるんですよ。だから「仕事は楽しいけど、でもやっぱりあそこまで仕事に全コミットし続けることは、ずっとは無理だ」という気持ちがある。みんなが自分のペースに合わせてちょっとサボったり逃げたりできないと、メンタルを病んじゃうじゃないですか。 実際にそうやって潰れていく人も多いという事実を、会社の偉い人たちはどうお考えなのだろうか? っていう気持ちになって。だから『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』では、「みんな意外と働きすぎなのでは?」と、もっと社会にツッコミを入れなくてはいけないと思ってたんです。